41.

藤代ふじしろさんに話したら心が軽くなったよ! そうだよね、私の幸せは私が決めるんだもんね」

「元気が出たなら良かった」


 私に話して楽になるなら良い。やっと先週からの約束を果たせたようでほっと胸をなでおろした。


「っと、もう休憩終わりだね」


 高校の時の話を切り出そうとした瞬間に予鈴が鳴り、この場はお開きとなった。

 明日もここで一緒に休憩しようと双葉ふたばさんは言い残し、品質保証課に戻って行く。

 結局昔の話は聞けず仕舞いだ。昼休みは四十分。長いようで短い。話をするだけであっという間に過ぎていく。気になるが仕方ない。明日改めて聞いてみよう。




「はい、お疲れ様でーす」


 事務所に戻るとすぐに本鈴が鳴り響き、昼礼が始まった。


「急遽決まったことなんですけど、明日、出張に行くことになりました」

「えっ、野中さんがですか?」

「急ですね……。何の件で?」

「本当は鈴木さんが行く予定だったんだけど、急遽会議が入ったらしくて。俺が代理で行くことになった」


 唐突に野中さんが出張に行くことが明らかになり、改善チームに衝撃が走った。


「だから明日の朝礼と昼礼は多井田おいだ、頼むわ。連絡事項とかは今日帰るまでににメールするから」

「分かりました。品質実践のメンバーにも伝えておきます」

「あとは俺が毎日やってる不具合、検査指摘のデータまとめを松野まつのに頼んで良いか? メールで数字が送られてくるから、明日の分だけ入力しておいてほしい」

「了解っす。後でやり方教えてください」

「今日の十五時の休憩後に時間取れるか? マニュアルあるからそれ見ながら教える」


 次々と明日のための引継ぎ先が告げられる。この次はきっと私だ。


「藤代さんには品質実践研究を引き続き進めてもらうのと、別件で頼みたいことがあるんだ。この後、少しだけ良いかな?」

「分かりました」

「よし、じゃあ一旦昼礼締めます——」


 安全唱和を済ませ、昼礼が終わる。野中さんも焦っているからなのか、いつもより少しだけ短い昼礼だった。

 引継ぎをするために事務所に戻る。野中さんの机は既に出張関連の書類で溢れ返っていた。


「品質実践研究はどう? 是正、終わりそう?」

「今のところは順調だと思います。巻尺が終わったのであとは養生剥がれと指示書のサインです」

「頑張れば今日中にいけそうか……?」

「終わると思います。ただ、双葉さんの担当も手伝いたいので……」

「分かってる。明日頼みたいことはそんなに時間取らないから」

「あの、頼みたいことって何ですか?」


 チームリーダーとしての仕事は多井田さんに。野中さんのルーティン業務は松野さんに。じゃあ私には何を頼むのだろう。


「藤代さんはうちの工場のホームページとかパンフレットって見たことある?」

「入社する前に何度か……」

「そっか。あれって外部に依頼してるんだ。写真とか文章とか。で、明日はその依頼先の人が来るから……」

「……」


 何を頼みたいか分かってしまった。けど、それは私向きの仕事なんだろうか。


「製造課の案内をお願いできるかな」


 ほら、やっぱり。


「……分かりました。でも、私で良いんですか?」

「良いって何が?」

「不安、なんです。外部の方とやり取りするのが」

「藤代さんなら大丈夫だよ。製造課を案内しながら何枚か写真撮って、現場の人のは話を聞くだけ。先方も若い人が来るって聞いたし。失礼なことを言わなかったら大丈夫だよ」

「そうでしょうか……」


 私なら大丈夫。野中さんの言葉がズシリと伸し掛かる。期待されているのが分かるから余計に辛い。

 私は人と関わるのが下手だから。失礼がないように振る舞ったとしても、何か気分を害してしまうかもしれない。それが不安なのだ。


「それに少しくらいミスしても大丈夫だよ」

「……え」

「例え何かやらかしても俺が頭を下げれば良いだけ。藤代さんが精一杯やって何か言われるなら俺が矢面やおもてに立つから。だから出来ることを精一杯やって、たくさん失敗して、どんどん成長していこうね」

「……頑張り、ます」


 驚いた。まさか失敗しても良いなんて言われると思わなかったから。野中さんは変わってる。こんな上司、見たことがない……。


「それで、明日の案内って具体的にどこを回れば?」

「ああ、メールで詳細が来てるから転送するね。今、送ったから——」


 だから少しだけ。ほんの少しだけ前向きに頑張ろうと思った。上手く出来るか分からないけど精一杯、私のできることをしよう。やって駄目なら次に生かそう、と。

 野中さんからのメールに目を通しながら、私は心の中で小さく決意した。

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