23.

「美味しい……!」

「でしょ!」


 彩織いおりが作ってくれた目玉焼きもウインナーも、私が作るより遥かに美味しい。あのちょっとした工夫でこんな美味しくなるなんて。


「こんな美味しく出来るならこれからはちゃんと自炊しようかな……」

「私が作りに行ってあげよっか」

「朝は来れないでしょ」


 そりゃそうだ、と彩織は笑う。

 良かった、いつも通りの彩織だ。昨日みたいな今にも崩れそうな彩織を見るのは堪える。


「ねえ、れいさんはいつから一人暮らしをしてるの?」

「高校卒業してすぐかな」

「就職と同時ってこと? 最初の頃、お金どうしてた?」

「なに、めっちゃ聞くじゃん。進路相談か何か?」

「そんな感じ。高校卒業したらお母さんと離れて暮らしたいんだよね。そのためには就職しないといけないんだけど、給料貰えるまではお金ないじゃん。だからどうしてたのかなって」

「高校生の間にめちゃくちゃバイトしてた」

「やっぱりそうなんだ……」


 途端、表情が曇る。


「私もね、高校生になってからバイト始めたんだ。ファミレスなんだけど、上大沢駅の一階の……知ってる?」

「ああ、あそこね。私が高校生の頃もあったお店だ。行ったことあるよ」

「そうそう、そのお店。基本的に休みの日か平日の夜にシフト入れてたの。勤務態度は真面目だったし仕事も早かったと思うよ、自分で言うのもなんだけど。でもクビにされちゃった」

「なんで急に……?」

「んー、なんか経営不振で人を減らしたかったみたい」


 クビになっちゃった、なんて明るく話しているがその時は相当ショックを受けただろうし、焦っていたと思う。

 アパートを借りて一人暮らしをするにはものすごくお金がかかる。冷蔵庫に洗濯機は必須だし、物件によっては電球も買わなきゃいけない。それにキッチン周りだって必要な物がたくさんだ。

 私も一人暮らしを始めた頃は日に日に貯金が減っていくのを見て冷や汗が止まらなかったものだ。通帳記帳に行くのが本当に怖かった。

 だから高校生の間に出来るだけお金を稼ぎたい。その一心で必死に働いた。

 彩織だってきっとそうだ。数年後、一人暮らしを始めるためにバイトを続けたかっただろう。


「それで焦っちゃったんだよね。他に高校生のバイト募集してるお店なかったし、稼げないこの期間どうしようって。それで……」


 ああ、そうか。それでユズなんて偽名を使って……。


「……うん。でも、もうしない。もう二度としないから」

「反省してる?」

「反省……してるよ。昨日はどうかしてた。大金を目の前に出されて……取り返しのつかないことをするところだった。羚さん助けてくれてありがとう。私のことちゃんと見ててくれてありがとう」

「……二度としないなら、いい。そんなことをしても後悔するだけだから」


 彩織には後悔してほしくない。自分を安売りしてほしくない。


「分かってる。またバイト探すよ。真っ当なバイトをね」

「また飲食店にするの?」

「出来れば飲食店が良いんだけど……高校生募集してるところがなかなか見つからないんだよね」

「飲食店か……」


 スマホを開き、バイトの求人サイトを見てみる。確かに大学生や主婦向けの募集ばかりだった。意外と高校生可って少ないんだな。


「ね、全然ないでしょ?」

「本当にないね……」

「もう飲食店にこだわるの止めて探すしかないか……」


 そう言って彩織はカテゴリーを変えて求人を探し始めた。それでもなかなか条件に合うものが見つからないみたいだ。


「はぁ……見つからない。早く働きたい……」


 ついに大きなため息を吐いて後ろに倒れ込んだ。



「お皿洗うね」


 二人分の食器を持ち、キッチンに向かう。

 スポンジを泡立て、食器を洗う。

 横を見ると当然のように彩織がいて、布巾を持ってスタンバイしていた。

 私が洗い、彩織が拭く。いつもは時間がかかって面倒な皿洗いも二人でやるとあっという間に終わる。


「羚さん、今日って何か予定ある?」

「今日? 特にないけど。食料品とか日用品とか買いに行きたいくらいかな」

「私、まだ居ていい? 買い物も荷物持ちするし」

「良いよ、好きにして」


 トイレットペーパー、洗剤の詰め替え、今日の夜ご飯。先週末は家から出なかったから買わなきゃいけないものがいっぱいだ。それに水道代と電気代も払いに行かなきゃいけない。

 でもその前に。


「シャワー浴びておいでよ。昨日そのまま寝ちゃったし」


 昨日は疲れてそのまま寝てしまったから二人ともお風呂に入っていない。


「羚さんの部屋のシャワー借りて良いの? 私、一回部屋に戻ろうか?」

「部屋行ったり来たりするの面倒くさくない? あー、でもシャンプーとか違うの使ってるかもだし、やっぱり部屋戻る?」

「シャンプー……はっ。き、気にしないから羚さんのとこのシャワー使わせて!」


 遠慮がちだった彩織が急に前のめりになった。


「でも結局着替えを取りに行かなきゃなのか。やっぱり自分の——」

「すぐ着替え取ってくるから!」


 私の言葉を聞き終える前に彩織は駆けだした。どうせ着替えを取りに戻るなら私の部屋のシャワー使う意味なくない……?

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