姫君、召喚。

mareHK

0 有り得なかった筈の出会い


 街からかなり外れた草原。

 点々と名もない花が咲いている他には、ただ時折風が過ぎ去っていくだけの場所。

 日課のようにここを訪れるディークですら人の姿を見たことがほぼないくらいに、ここは常に閑散としている。

 そんな見慣れた景色の中。ディークはあの日、見覚えのない少女と見詰め合っていた。


 時間が止まってしまったのではないかと錯覚する静寂の中、二人の間を不意に風が吹き抜け、それで漸く何かに気付いたらしい少女は辺りを見回し始めた。


 身動きすら取れないディークの前で、腕などを軽く振って身体に異常がないことを確認した少女は、自分の置かれた状況が理解できないといった様子で少し考え込んでいた。が、やがてこちらに向き直ると、何かを問うように小さく首を傾げて見せる。

 彼女は恐らく、自分に説明を求めているのだろう――そう理解しながらも、ディークは何も答えることができずに、ただぼんやりと目の前の少女を見つめ続けた。

 そんなディークの様子に不思議そうな顔をしつつ、少女は口を開く。


『もしかしてこれ・・って、貴方がやったの?』

 どこか確信めいた問いだが、それも当然のこと。ここには二人以外に誰もいないのだから、この少女の身に起きた不可解な現象の原因として考えられるのは少女自身かディークくらいのものだ。

 そして、少なくとも目の前の少女に自分で何かやったという自覚はなさそうである。つまり、残った可能性は……。


(僕が、やったのか……?)

 にわかには信じがたい。でも事実、目前には先ほどまでいなかった筈の少女の姿があるのだ。

 体の奥底から驚きとも感動ともつかない感情が込み上げてくるのを感じながら、ディークはやっとのことで小さく頷いた。


『へぇ、中々面白いことするじゃない』


 途端にぱぁっと表情を明るくする少女。

 その笑顔の理由には今でこそ見当がつくものの、何も知らない当時のディークは少女の予想外の反応に困惑していた。

 彼女は何故、嬉しそうなのだろう。ディークのことを怒ったりしないのだろうか。他ならぬディークの身勝手な好奇心と少しばかりの意地によって、彼女は彼女の意思とは関係なく、一瞬にして遠い国まで連れてこられたというのに。


『貴方、名前は?』

 ディークがひとり脳内反省会を開催しかけたところで、またも少女からの質問が飛んできた。

『……ディーク。ディーク=アイラーだよ』

 そう、と頷いた彼女は暫く迷うような仕草を見せたが、やがてこちらに一歩踏み出すと右手を差し出してくる。

『私はメリアリィ=スレイ。よろしくね、ディーク』


 素性も知らない相手に、一体何をよろしくするというのだろう。

 そんな疑問を他所に差し出されている少女――メリアリィの右手に、ディークは首を傾げつつも応える。



 そのままほんの数秒の時が過ぎて。

 そっと手を離した瞬間、彼女の姿はもうそこにはなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

姫君、召喚。 mareHK @Hadus_K

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ