ep.20 奸智術数
デッキで潮風を受ける男が一人佇んでいた。地平線に落ちていく夕陽が群青色の海を照らし続ける。放たれた光は反射して世界の全てを輝かせているようで、そこはまさに美しき情景と言えるだろう。
そんな景色を左に据え置いてひとまずの休憩と言わんばかりに目を閉じる男の前に一人の青年が寄ってくる。
「ただいま参りました、ディルバート・アンセラフ大佐」
「ディバイド中尉か、先の任務はご苦労。ファングシステムを手に入れることが出来なかったのが唯一の心残りだが」
手すりに腕をかけ、触れることの出来ない景色を見続けるディルバートにマストは謝罪をした。
「その件は自分のミスです。あの場での自分の判断は正確ではなかったと自認しています」
「そういうのはいいんだよ、問題はこれからなのだからね。ハッキリ言うと私はファングシステムには興味は無いんだ。上層部の命令によって回収作戦を請け負っただけであって私はこれっぽっちも」
その割には無鉄砲であろうとも強行するその姿勢にマストは疑念を抱いていた。信頼を置いた上での決行であるならば話は変わるかもしれないが、ディルバートという男に部下をどうこう思うなどという感情は今まで一度も感じ取れたことがなかった。
デッキにはマストとディルバート以外に人は居らず、たった二つの影が伸びきっている。
「中尉。君を呼んだのはこれからの話をする為だ」
「これから、ですか」
「ああ、私はこれよりガーディアンズに命令されていないことを行う」
その言葉尻に違和感を覚えたマストは思わず聞き返す。
「と、言いますと……?」
「浄化せしもの、というのは知っているかね」
「噂程度には。核兵器を凌駕する程のものだと」
「話が早いな、そういうのは情報局の人間が知り合いにいたりするからかね」
無言を貫いた。何を言ったら正しいか、何が間違いなのか。それがわからない状況で無言という選択は安全牌であった。
「あれは私が軍の開発部に、上層部には内緒で頼んだ代物だ」
「それはまた、どうしてですか?」
「嫌いだからだよ。あの無能の寄せ集め集団は危険分子を恐れ過ぎている。自分が死なない戦いを行うのは大好きな癖にいざ自分が命の危険に晒された時、きっと真っ先に命乞いをするような人間の集合体だから、かな」
偏見も偏見。しかしそういう点があるのも否定はしないどころか事実ではあった。軍部や政府の人間の異常加減は年々目に見えて分かるようになってきてしまっている。マストはしたの立場の人間を見ている以上、見捨てることは出来ないとその事実から目を逸らし続けていたがディルバートは真っ向から立ち向かっているようだった。
「すまない、話が逸れてしまったな。それでなんだが、浄化せしものは世界のある一点に集まっている」
「はぁ…………━━━━━━っ!? まさか……!」
今から話す事実をマストは察してしまった。その顔を見たディルバートは不敵な笑みを浮かべる。
「気づいてしまったか? そう。浄化せしものはこの戦艦、ヘイブンに搭載している」
「使う気……なのですか?」
「ああ、そうだとも」
「それは、他の人達には」
「伝えていない」
目の前の男がどんな思想をもってしても驚かないつもりでいたがそこまで用意が完璧に出来ていると、これからディルバートが何をしでかすのかが不明である点に悪寒すらしていた。
「ブレイジスの領地の工業地帯を壊すつもりですか」
「そんな生温いこと私は嫌だがね」
「では、なにを……」
顎に手を置いて思慮する姿が夕陽に映える。ディルバートは最初から決めていたであろう事を今思いついたかのように言ってみせた。
「大きめの居住区を廃墟にしようと思ってな」
「えっ。いや、ま、待ってください!」
動揺は隠せない。ディルバート・アンセラフの口から出されたのは市民を殺すという宣言であった。
「どうした?」
「居住区にはかつての国家体制の時から住んでいる人もおり移民が満足に行えないままで、ブレイジスの思想に異を唱える人間もいます。そもそも、民間人を第一目標にミサイルを発射するなど戦争犯罪に値し……」
「それが?」
「何も、思わないのですか?」
「ブレイジスが現在、イクス使いをどうやって増やしているか知っているか? 民間人の検査で適合者を探しているんだよ。その民間人が減ると長い目で見ればイクス使いは減少し我々の大きなアドバンテージになる」
上層部に伝えていないのはあまりにも非人道的な行為であるが故に、許可を貰えないと確信していたから。点と点が線で繋がるような感覚がマストにはしたが、ディルバートはまだ言葉を続けた。
「ああでも、ここまでの理由はもし今、上層部の人間にバレてしまった時の言い訳みたいなものだ。といっても今のガタガタな軍部や政府ではこんなことすらバレないがね」
「本当の理由というのがあるのですか」
握り拳を作っていた。どうか、どうか正気を保っている人間であってくれと願うマストが聞いた言葉は彼自身を絶望の淵に立たすようなものであった。
「国連領内にも撃とうと思ってる」
「っ…………」
嘘であって欲しかった。
以前よりなにか嫌な予感のする男であるという認識だったがそれは確信に変わった。彼の言葉にマストが納得するはずがなかった。
「どうして……!!」
「私の崇高な理想を叶える為さ。君には理解出来ないと私は思っているからここでは話さないが」
「冗談ですよね。自軍の、ましてや我々兵士の家族もいる国連領内に浄化せしものを打つなんて」
「至って冷静で全て事実だ。私にはそうしなければならない理由があるのでね」
その崇高な理想とやらを聞いた時、殴りかかっているかもしれない。自分の軍での功績が全て無駄になったとしてもここでなにか行動を起こさなければ、彼の言葉を真に受けるとするならば世界は混沌に満ち満ちてしまう。
「そんなことを自分に言って、賛同するとお思いですか?」
「君も世界に絶望した側の人物だと思っていたんだが」
「それでも生きようと願う人間ですよ、俺は。貴方は他人の生命を掌に乗せて何も思わないんですか」
「私にも思う所があるから行動に移している訳だ」
いつの間にか唇を血が吹き出そうなほどに噛み締めていた。知らなかった上、知りたくもなかったその人間性には怒りが湧く。
「俺は反対します。貴方の理想は聞いていませんが、それを賛同しようという気はきっと一生ないでしょう」
「それは分かっていたさ。だが他人に相談しようなど無理な話だということも理解しておきなさい」
「なんです……?」
「ここの乗組員は私がチョイスした。君や私と同じタイプの人間だ。引き込んで反乱を起こそうだなんて無理だと思った方がいい」
彼の思想に賛同するような人間ばかり、ディルバートはそう言いたかった。そんな事ないと思いたい、そうは思っていない人間を何人か知っているが、数人でこの中を逃げ回るなど無理な話であった。
即ち戦艦ヘイブンは大きな牢獄。乗組員の全員が知らない合間に身勝手で自らの思想を崇高だとする狂気に満ちたトップと運命共同体となっている。その事実さえブレイジスにミサイル攻撃を仕掛けるという名目の上でひた隠しにされる。
「全ては貴方の思いのままということですか」
無言で首を縦に振るディルバート。眉間にシワを寄せるマストを愉しみながら彼は言った。
「安心しろ中尉、浄化せしものは水に弱くしてある。作戦が失敗しても実物は消えて真実は闇の中だ。君に関しても、実力行使をしかけてこなければ私は見逃す」
やれることならば今すぐにでも反乱を起こすべきなのであろう。しかし彼は。
「やれるものならやって見て欲しいがな。この
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