ep.19 前虎後狼
数十分後のアラビア海上。ワイアット・ヴェゼルの引き渡しは丁重に行われた。
潜水艦は浮上しフルデトネーターを装着したバイロンが手足に縄を結んだワイアットに槍を突きつけた状態でブレイジスの到着を待っていた。
豆粒ほど小さなところに戦艦が見えてくると、そこからオレンジ色の救命ボートがこちらに向かってやって来る。目を凝らすとボートに乗っている二人の兵士の武装はあまりにも重装備で今にもボートがひっくり返りそうな程だった。
「おー、これまた物騒なモン着けてきやがって」
ワイアットは良く言うぜと思いながらもボートが近づいてくるのをじっと待っていた。
段々と寄ってくるブレイジスの兵士をまじまじと見ているととある点に気づいた。エンジンを操作している兵士ではない方の男が顔見知りであることに。
「フリッツ……?」
「ダチか?」
「どうだろうな」
フリッツ・クライバーはワイアットの顔を確認すると通信機でウェイブ・ノットに情報を送っているようだった。お互いの頭からつま先までハッキリと見えるほどの距離になると、最初に話を切り出したのはバイロンだった。
「来てくれてご苦労。よく承諾してくれた」
「我々としてもそれを手放すのは大変心苦しいですが、開発者の意向により交渉を決断しました。人命に代えられるものはないですので」
「その点は同意だ」
「では彼を」
「先に言っておくが」
引き渡しに入る前にバイロンがその行為を止めた。緊張感が全員に伝わり、彼が次の言葉を放つのを待つ。
「バカな真似はよせよ」
「……言われなくても分かっていますよ」
固唾を飲むように答えたフリッツの顔を三秒ほど見つめるようにして動かないままのバイロンだったが、やがて引き渡しを行動に移す。
バイロンは左手で掴んでいた手首の縄を手放しワイアットは自由の身となった。あくまで寡黙でクールな人間を演じるバイロンは首を動かして行けと合図した。
潜水艦から降り少しの遊泳を経てボートに乗り込む。その間の両者は火花を散らすかのようにお互いの動きを見ていた。エンジンを操作していた男がナイフでワイアットに括られた縄を斬ると両手両足が自由に動くようになった。
「なんもなくて安心だ」
「こちらとしてもです」
ボートは方向転換を行いウェイブ・ノットへと向いた。名残惜しくも三号機は彼らの手に渡ってしまったがワイアットが気になっていたのはグラシアナ・カベーロが本当にファングシステムを手放すことを許可したのかという疑問だった。彼女の人間性が掴めないままここにいるせいでその推測も出来ない中、バイロンはどんどん遠ざかっていく。
「では再び戦場で合間見えようではないか!!」
バイロンらしい一言が後ろから聞こえ振り向くと、別れの挨拶を手で表現していた。
バイロンは艦内に入っていき彼らが追撃してくる様子もなかった。少しすると、潜水艦は名の通り海の中へ潜っていった。
海賊の敵対の心配が無くなることを確認するとワイアットの顔を見て緊張が解けたような表情をしていた。
「ワイアット、無事で何よりです」
「ああ、運がいいのか分からんが手痛いことはされてないから、今からでも戦える」
「ははっ、重要なことですね」
フリッツの笑顔を見るのは初めてかもしれないワイアットが次に口にしたのは彼の身体についてだった。
「それよりお前は大丈夫なのか?」
「ええ、少し眠ればもう大丈夫になりました。本当はもっと早く援護に向かうつもりだったんですが、こちらの作戦に参加になりまして」
「こちら?」
「はい」
見上げるほど大きい戦艦は近づくにつれて迫力を増していく。その姿を間近で見るとワイアットはどういう訳か心が震えた。
「かっこいい、ってやつだな」
「僕もそう思います。巡洋艦ウェイブ・ノット。詳しい説明は艦長から聞いて下さい、作戦に参加の意思があればですが」
「勿論、あるに決まってる」
それは、自身を決定づけるものが何かわからないからこその発言だった。
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ボートを運転してくれた男に挨拶をして、ブリッジまでの移動。その最中には沢山の人間とすれ違った。
鉄の塊から漂うほんの少しの潮の匂いは鼻を突き刺すようだだったが、それも数分もしない内に慣れた。
左舷デッキに出ると晴れ渡る空を再確認した。その陽気に当てられて飯でも食べたい気分になってしまいそうなところを堪えてフリッツの後を追う。
数分をかけてブリッジに到着して開きっぱなしのドアをフリッツが叩くと、中にいる人間の何人かがこちらを向く。そこにはナタリー・ヴェシエールとアルテュール・カイゼルの姿もあった。
一人は冷たい態度を取るが、ナタリーが奥にいる艦長らしき人間を呼びに行った。
「よう、何事もなく帰れてたみたいでよかったよ」
「お前は随分と軍の手間を掛けさせてくれたみたいだな」
それに関しては反論の余地も無い。素直な謝罪を行うとその誠意すら無視をするアルテュールであったが、フリッツが間を取り持つようにして苦笑する。戻ってきたナタリーは嬉しそうな声色だった。
「お帰りワイアット、戻って来れて本当に良かった」
「アンタも生きてくれてたみたいだな」
「そりゃ、帰って報告しろって部下に言われたもん。死なないわけにはいかないよ」
急な出来事に急な指示、我先にと先行する部下を持ってナタリーも大変であると我ながら思ってしまう。考えるより先に身体が動いてしまうのは仕方が無いといえば仕方が無いが、この一件でワイアットは自制心を持とうという気持ちにもなっていた。
ワイアットは続けて気になることを彼女に質問した。
「あの博士さんが俺なんかと引き換えにファングシステムを手放したってのは本当か。確認してないんじゃないのか?」
「何言ってるの、博士はそういう人なの」
グラシアナ・カベーロという存在をあまり知らないワイアットにナタリーは彼女の性格を教えてあげた。
「電話口で彼女、私が興味あるのはものを作ることであってどんな人間が利用しようと基本的に興味はない。ですって」
「天邪鬼って感じの人なんですかね、博士って」
「そんなもんじゃねえだろ、面倒臭い女だ」
恐らく、三号機奪還の際の奪え返してもらいたいという文言は言わされていたのだろうとワイアットは勘繰る。隠匿性のある作戦も自分の作ったものが壊れようとも興味はなく、あるのはものに対する好奇心だけであった。修理は追加の金を貰わねばやらず、放置のまま。傍から見ればそれは拝金主義と同義であった。
しかし、そんな彼女の言動に驚かされながらもブリッジに来た本当の要件はまだ終わっていない。
「艦長ってのは?」
「俺だよ」
「っ……!!」
数日の記憶があまりにも濃かったが、それでも彼の名を覚えていた。四十手前のその男は気さくな挨拶を行った。
「ようワイアット」
「カンデラス、アンタがか」
「おう、これでも少佐なんでな。船の事はひとしきり知っているつもりだ。正しく、大船に乗ったつもりでというやつだ」
得体こそ知れない男ではあるがワイアットに戦術の基礎を教えた男でもあり、ワイアット自身は少し安堵を見せた。その頼りになる男が顔つきを変えて話を変えた。
「乗ってるイクス使いはこれだけか」
「もう少し欲しかったですか?」
「欲を言えばな」
作戦概要を聞いていないワイアットはついていけない様子だったが、カンデラスがそれを察する。
「ああ、お前はまだ知らないのか。ワイアット」
「とにかく凄いことが起きそうってのは伝わるよ」
「感は当たるもんだな」
そこからは諜報員が本部に伝達してきたただの噂程度のものだと前置きをされた上での内容だった。相手取るのは勿論、ガーディアンズであった。
「新型兵器を搭載した船がこの近くにあるらしい。あと一週間もしないうちにそれが飛ぶんだと」
「飛ぶ?」
「ああ、核兵器を凌駕する代物の二つ名は……浄化せしもの、だ」
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