//0=3:/2/ クピディタース


 ガルカ・ヒルレーの魔術はクリスティーネに届いたように見えた。だが彼女もまた戦いを諦めておらず、ガルカの攻撃を回避した上でひたすらにレイピアの連撃を繰り出す。


「くっ!」


「これでおわり!」


 ブルースストリームによっていでし小さな嵐は複数個で多方向からガルカを付け狙う。ガードが崩された所を突く。少しづつ、だが確実に体力を削り傷を作る。


 それを見過ごす訳もない男が一人介入する。


「うおおおおおお!!!」


 空中に舞っていた潤は落下と共にクリスティーネの首を取ろうとする。重力に抗わないことと引き換えにその速度を手に入れた彼は彼女が追いつけないほどのスピードでクリスティーネの背中に切り傷を二つつけた。


「うっ、だったら!」


 刹那、二人は吹き飛んでいく。受身を取ってすぐクリスティーネに目をやると彼女の周囲に幾つもの嵐が反時計回りで旋回しているようだった。まるで彼女自身がイクスの一部になったような光景を目の当たりにしたガルカはその使い方に驚くが、戦いを辞める訳ではなかった。


「どう?これがブルースストリームの本領という所かしら」


 そんなことを嘯くクリスティーネに潤は相手に聞こえない程の声量で呟いた。


「うるせえよ……」


 冷たい風が吹き荒ぶ。ゆらりと立ち上がるなり潤は殺意をちらつかせる。単なる戦いへの情熱ではないその殺意はどこか物悲しくも見える。

 歯を食いしばり、クリスティーネの下へ突撃していく潤をガルカは引き止めようとする。


「潤、待って!」


 死にに行くようなものだ、何故そんなことをしてしまうのか。だが彼女の声が届いている様子は無く、潤はその真っ直ぐだった瞳を嵐に近づけさせていく。


「うおおおおおお!!!!」


 自分の前に両腕を差し出し嵐に突入する。

 前腕がそれに触れると服から皮膚までを切り裂いていき血が吹き出る。痛い、辛い、苦しい。

 先程のものよりも威力が倍増しているのかとまで思えるそのイクスをクリスティーネは自慢げに語る。


「痛いでしょう、辛いでしょう、苦しいでしょう? 今楽にしてあげるわ!」


「誰が死ぬかよ……」


 このままでは相手の懐まで辿り着くのに身体が刻まれていくのみ。それでも潤は前に進む。今の彼の目的はレブサーブを殺すこと、そして。


「お前を殺すことだぁぁぁぁ!!!!」


 ウルサヌスが呼応する。握っていた剣からは今までとは比べ物にならない程の火炎を放ち辺りに火種が幾つも飛んでいく。


「なに!?」


 潤の両腕がその火炎に喰われていく。自身の魔術でありながらそれ相応の痛みが潤に伴っていく。


「がああああああッッ……!!」


 何度も意識が遠のいていきそうになる。炎を浴びるように負う潤だったが、その余波でクリスティーネの周囲にある嵐が潤の魔術に押し負けていた。


「嘘でしょ、こんな事が……これが彼の魔術の全力……!?」


 その赤い力をガルカは見た事がある。まるで、かつての仲間が拳から放つ魔術のようで懐かしささえ覚える。

 だが、彼が出していたその力と潤の火炎は何かが違う。決定的な違いはなくガルカのただの所感だったが、感覚で分かるような気がした。それはまるで。


「怒りの、炎……」


「うおおああああああ!!!」


 敵に対しての異常なまでの敵意と殺意。それだけで彼が彼でなくなるほどのリミッターは解除された。

 人間が本来持ちうる自身に対しての大きな危険を制限、制御する能力が潤の脳から無くなった。個人が持つ魔術の本来の力が開放される時はその瞬間だった。


 司る魔術師、と呼ばれる魔術師とはそれでも到底届かないが、その代償を自然と払う人間は恐れを知らぬ戦士という訳でもない。


「お前を殺して、アイツも……アイツも殺す!」


 獣。今の潤の状態を表すのにふさわしい言葉はたったそれだけだった。

 瞬きの間に潤はクリスティーネの下にたどり着いていた。


「なっ!?」


「……死ね」


 たった一言、彼女に告げると潤は右手に持っていた剣をクリスティーネに突き刺した。より力を込めると二階建ての建築物を優に超えるほどの火力が剣から放出される。クリスティーネの腹部から刃は抜け、宙に舞っていく。


 どてっと地べたに堕ち、血溜まりを作っていく。クリスティーネの人体は動く気配が無いが彼女の口元からは笑い声と皮肉が聞こえてくる。


「ふっ、フフフッ、ウフフフ……醜い姿ね」


 そう言い残すとクリスティーネ・レクセルは眼をつむる。くだらないことを吐いて死んでいった、そう思った潤の腕に巻きついていた炎は勢いを無くし鎮火していった。それと同時に潤はその場で倒れ込む。


「潤!」


 その始終を眺めていることしか出来なかったガルカが彼に寄る。呼吸はあり脈拍にも異常がないことを確認すると潤は目を開いてガルカに問う。


「なあガルカ、俺は英雄になれるのかな」


 両者傷だらけの中、彼はガルカの眼を見ていた。その瞳に映る自分はクリスティーネが言っていたように醜いかもしれない。だがそんな姿になってでも彼は憧れていた。


 あの日、炎の中救ってくれた英雄と、目の前で共に戦った英雄を。


「もちろん、なれ……」


「なれねえよ」


 ガルカの言葉を遮る声がした。聞くからに男性であることからクリスティーネでは無いことは明らか。ガルカは周囲を見渡し誰も居ないことを確認しようとしたその時、戦闘の残骸から人影が現れる。


「ようようよう、よくここまで来たな。もしかして俺の熱烈なファンだったりするのか?」


 潤に憎悪が再びやってくる。罪の無い人間の財産を奪い、友人を侮辱し、大勢の人々を殺したその全ての元凶。


「レブサーブ……!!」


「そう怒るなよ、そのまま俺に挑んだらお前が死んじまうぜ?」

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