//0=3:/1/ アーレア・ヤクタ・エスト



 底にあるのは数多あるランタンで朱く染まった街、沈み行く大地は天変地異でも起きたかのようで足を踏み入れるには若干の勇気がいる。


 慎重な足取りで地下街への道を開拓する。上から見ても未だ人影は見えないがどこへ隠れているのかなんていずれ分かると言わんばかりに崖を駆ける。


 ようやく遠くから見ていた街並みと同じ目線に立つ。近づくとそれは予想よりも大きく感じ、どれだけの年月と費用をかけて作り上げようとしていたのかが容易に想像出来る。大通りと思われる場所に入るとガルカから無線機を差し出される。


 マストから人伝で渡されると左耳骨にかけるように付ける。耳の穴を塞がずに綺麗なカーブを描くようなその無線機は他の者達も既に装備しているようで、離散しても意思疎通が取れるようにと説明を受けた。マストの部下を含め十人程の隊列を組み通りを走り抜ける。


 地を蹴る。果たせねばならない目的の為に、新たな被害が生まれる前に。その元凶、アライアス・レブサーブを追い求める。


 全力で疾走していると前方に人影が現れる。路地裏から出てきたそれを酷く警戒し、全員が立ち止まる。

 顔のパーツがぼやける程度の距離を保ちマストの部下たち、魔術の使えない一般兵はその女性に銃口を向ける。


「こんなに銃声を向けられたのは生まれて初めて……では無いわね」


 よく見れば女性は下水道での戦いの際、レブサーブの横にいた人物と同じだった。潤が一歩前へ出て、彼女に対して強い言葉を放つ。


「邪魔だ、さっさとどいてくれないか」


「随分つれない子ね、少しは話を聞いてくれてもいいんじゃない?」


「黙れ、俺はあの男に用がある」


 今まで聞いたことも無い潤の低音にだれもが顔を覗こうとする。だが目の前の女だけはそれに気付こうともせずに彼を煽る。


「私にはクリスティーネ・レクセルって名前があるの、ちゃんと呼んでくれたらどくかもよ」


 赤い口紅が特徴的な彼女は名乗るが潤は彼女の身なりを頭からつま先まで見た上で、少しの沈黙ののちに再び命ずる。


「……どけ」


 クリスティーネと名乗った女は肩を竦めて何を言っても無駄だ、とも言い放った。潤は背中にかかった鞘から剣を抜くとクリスティーネに突きつける。


「そうだ、どうせお前も任務の内に入ってるんだ、ならここで殺せば問題ないな!」


 瞬きのうちにクリスティーネの懐に入り込むとそのまま右腕を振る。何の相談も無く単騎で敵に突っ込むことなど今までに無かった潤にガルカは先程からの彼の様子も含めて驚愕していた。


 だが切りつけられかけた女はその攻撃に不敵に笑みを浮かばせる。


「フフッ、ブルースストリーム」


「チッ」


 刹那、天井の無い地下街は嵐に見舞われる。建物は次々と崩れ、灯りは嵐に呑み込まれていく。

 潤の剣はクリスティーネの身体にあと数センチの所で離れていく。


「これが私のイクスよ!」


「くっ……」


「まだ足りないの? 欲しがりね!」


「きゃっ!」


 人を楽々と吹っ飛ばしその目へ巻き込んでいく。何とか持ち堪えていた潤とガルカだったがより風力が増した嵐の中に瓦礫共々食われてしまった。

 決して油断はしていなかったが彼女の力をまともに拝見するのはこれが初めてだった二人は、ルドルフやモニカ、マスト達散り散りになってしまう。


「ガルカ、魔術を使って足場を作れるか!?」


「やってみる!」


 そう言うとガルカは槍に氷を纏わせ虚空を斬る。一度も試したことの無い魔術の使い方だったがそれが潤やブラック・ハンターズ、この先に実を結ぶのならば厭わなかった。


 目まぐるしく廻り続ける嵐の中、上半身と下半身がもぎ取れそうになるほど身体中が痛むが、そんな中で潤は建物の一部とガルカが作った氷が散見されているのを確認する。体勢を整えて瓦礫に立つとそこから氷へと移り住む。


「なるほどね!」


 ガルカも理解した。瓦礫と氷を足場として使い台風の目に近づくことでその影響を受けまいとしている潤に倣い彼女もまた同じ行動をとる。


 だがそれにあの女が気付かないわけもなかった。


「なにしてるのかしら!」


 真横から車がぶつかってきたような衝撃が潤とガルカを襲う。


「嵐はたった一つだけなんて、誰が言った?」


 もう一つの嵐が彼らに当たり二人は外へ吐き出されるように出る。崩れかけの建築物がクッションとなり劇的に吹っ飛ばされることは無かった。

 脱出こそできたが、その場所がどこかも分からず他の仲間たちの姿も見当たらない。完全に相手のペースに呑まれている二人は水浸しになりながらも立ち上がる。


「クソ、クソクソクソ……」


 またヘマをした。潤の胸中はそれで満たされていた。放つ言葉はまるでグロリアに似ていて、ただ憎悪を撒き散らす。ガルカはそれに気づくことはなく潤へ通信を送る。


「潤、私が彼女本体を狙うから潤は彼女のイクスを頼める?」


「ああ、分かった」


 剣を握る拳の力が強くなる。合図を送りあい共に走り出す。ガルカはクリスティーネに突撃して槍を彼女に刺そうとするが、彼女もまた腰にしまっていたレイピアを取りだし応戦する。潤は自ら何もかもを崩していく嵐の中へと入り込み、魔術を発動させる。


「全てを凍らせろ、ウルサヌス!!」


 彼が持つ魔術、ウルサヌスの一方の力である氷の能力が発動し辺り一帯で巻き起こる嵐に雪が降る。

 寒空へと変わり果てそうな中で潤は自分の持つ力の全力を出し切ろうとする、が。


「嵐を凍らせようとしたの、その努力だけは褒めてあげる」


 ガルカと戦っていたはずのクリスティーネは潤の前に現れその細剣で潤の体を突く。


「うっ!」


 左肩と胸の間から血が吹き出るがそれすらも嵐は食らい尽くす。揺れと衝撃で鮮血は止まることを知らない。

 嵐の内側からぼんやりと見える外の景色を見るとガルカが槍を携えてこちらを伺っている。どうやら取り逃してしまったのを詫びると共に潤の無線に作戦を伝える。


「そっちに行かせちゃってごめん、彼女が嵐から出てきたところを狙うわ!」


 俊敏性も高いクリスティーネの実力に翻弄されたガルカは決して諦めることなく相手を見据えていた。

 彼女の通信に対して無言の了承を示すものを潤は持ち合わせていないため、行動でその心情を表す。


「湧き上がれ……!!」


 嵐は一瞬で炎の渦へと変貌し流石のクリスティーネもそれには驚く。自殺同然かもしれないが試さないわけにはいかない。先程のガルカ同様に潤も自分の限界を越えようとしていた。


 思わず嵐を消失させるとそれを待っていたかの如く、ガルカは槍を構えていた。


「アウルゲルミル!」



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