0/2/4/ マエスティティア


 薄暗くなった陽の光にレブサーブと横に座する敵の顔が当たる。倒れ込む潤はアライアス・レブサーブ、彼を彼の顔だとハッキリと認識すると、横の二人に目を向ける。


 金髪碧眼の若く平均より少しすらっとした体型の男と灰がかった髪色の大人びた雰囲気を持つ女性が並び立っていた。その両者にも面識は無かったが、男の方には懐かしさを覚えるようだった。


 だが紅い光にすぐさま陰りが出来る。轟音と共に崩れた上部のコンクリートから人が一人降り立つ。レブサーブを除き三人の男女がブラック・ハンターズを奇襲した。


「第三、師団だと……」


「そうだ、一人一人が千人ほどの力を持つイクスを持つ者達の集団。それがブレイジスが定義する師団ってとこだな」


 こうべを垂れるように伏せていたが、潤はむくりと立ち上がる。何をどう言われようが潤の目的が変わることは無い。


「くだらねぇ、ンなもん全部ぶっ倒してやる」


 潤に引かれるようにガルカもまた二本の足でその大地をしっかり踏みしめる。


「そうかそうか、それは素晴らしいことだ。じゃあゲームでもするか」


 彼の遊びに興じるつもりなど最初から無いが話だけは聞いておく素振りを見せる。


「ゲームだと?」


「なに、極めて単純で簡単だよ。国連領内全てを使った鬼ごっこをしようじゃないか」


「なら既にそのゲームは始まっている、そして……」


 右手で握り締めた剣でレブサーブを差す。彼の周りに三人の見知らぬ人間がいようとも、こちらにも頼れる仲間は三人いる。横に立ってくれる人間がいれば何があっても怖くない。そう思っていた潤はあえて宣言する。


「勝つのは俺達ブラック・ハンターズだ」


「……ハハハハハッ!! 面白い奴だなあ潤はよ」


 レブサーブはそんな潤を馬鹿にするように嗤う。彼の言う面白い奴の基準は不明であったが、褒められるものでは無いことだけは分かっていた。


「ではお前らが鬼だ、せいぜい見つけて殺せるといいな」


「待ちやがれええ!!」


 魔術、ウルサヌスを発動する。螺旋のように絡み合った炎と氷が渦巻き二振りの剣に宿ると潤はレブサーブに突っ込んでいく。


「お前ら、先に乗ってろ」


 レブサーブが彼の仲間であろう者達にそう言い残すと、立ち止まり潤の攻撃を大人しく受けるような素振りを見せた。


 目まぐるしいほどの速度で相手に反撃の隙すら与えない。ただ激しくかつ静かに燃え上がる炎の剣をレブサーブの心臓に突き立てようとする。


刹那、それは塞がれた。どこからともなく現れたによって。


「おーっと、大丈夫か潤。威勢がいいのは結構だが当たらなきゃ意味ないよなぁ?」


 扇情的な口調で潤を煽っていく。鎖は地中から、天井から何本もで、潤の前腕と二の腕、剣の柄を縛り付けた。潤はこれがレブサーブの魔術なのかと勘ぐりながらも余ったもう一歩の剣を振り下ろす、が。


「おら━━━━━━うあっ!」


「これで、両腕ダメになった訳だな」


「がッ!?」


 左腕も振り抜く前に縛り上げられてしまう。その時、自分の身体の何かが崩れ去った音がする。鎖はその締めつけを強くし潤の両腕の骨にひびを入れる。人間の皮も肉も巻き込み血が吹き出そうな勢いだった。


「潤!」


 ガルカは思わず叫ぶ。助けに入ろうと槍を向けるが、いかんせんレブサーブの魔術にはガルカや他の仲間たちにとって謎でしかなく、死の危険性さえあった。


 一度は後ずさりしかけるが、それでも彼女は潤を助けることを選んだ。


「はあああ!!」


「おっと」


 レブサーブは攻撃を仕掛けられると自身の魔術の象徴であろう鎖を潤から手放しガルカの連撃をいとも容易く避ける。


 光が差し込んだ穴は大きくなり空いた天からは異物が見えた。ブレイジスのヘリコプターだ。


 迷わずルドルフはライフルのトリガーを引くがそれもレブサーブの仲間の力によって無駄となる。彼の足元に弾丸がぽろぽろと落ちるだけでヘリコプターにも敵の身体にも決定的な打撃は与えられない。


「クソッ!」


 ヘリは低空飛行を続けトロントの住民に恐怖を与えていく。市の警察が来るのも時間の問題だったがその前に彼らはここを離れる様子だった。

 ヘリに乗っていた一人の青年、レブサーブの自己紹介と称した宣戦布告の際に左隣にいた男は雑音と轟音の中で呟いた。


「これで終わりだ、ゴミクズ共が」


 水の竜巻が街ごとブラック・ハンターズを襲う。住民への被害など微塵も考えない彼らのスタンスに対して意義を唱える暇もなくその渦に呑まれていく。


「なんだっ!?」


「きゃああああっ!」


 戸惑い、悲鳴を上げるルドルフとリンジーに手を差し伸べる者は誰もいない。


 潤は傷を負い、男の放った力を防ぐほどの力を出し切れず、ガルカはそんな彼を護るため氷の壁を自分の周りにのみ張るので精一杯で後衛を務めていたルドルフとその背後にいたリンジーには手が届くはずもなかった。

 そして彼女は二人でこの力が収まるのを待つより竜巻が渦巻くこの地を泳ぎ抜く方がよっぽどリスキーであることも承知していた。


「おいリンジー、リンジー!」


 水に巻き込まれながらルドルフは彼女の名前を叫ぶ。自分と彼女のこの状況を切り抜けられるのは他でもない、リンジーの心の中で眠りこける魔術が使えるモニカしかいなかった。


 ルドルフにとって軍人然としていない彼女に軍人として戦闘に出るべき存在ではないという認識と凝り固まった偏見を持ち嫌悪を抱いている以上、癪ではあるものの打開策はそれしかないとも理解していた。助けを求める彼の声に呼応するように渦の影響でで遠くへ行ってしまいそうなリンジーが反応する。


「ルドルフ君!」


「今すぐにモニカを呼び出せ! 早くしろ!」


 自分の命と、ついでに彼女自身の命を守る為に強く命令する。下水道にいすわっていたせいもあり、水位は勢いよく増していく。


「そんな事言われても、自分じゃ変えられな……」


「早くしろ! 生き残りたくないのか!」


 語気が強くなっていく。よもや自分の命さえもがかかったこんな中でも自分自身をコントロール出来ないリンジーにルドルフは腹が立っているのと同時に、使えない奴とも思っていた。


「ここで死ねば隊長と副隊長に迷惑がかかるぞ、それでもいいのか!!」


「い、いやだ……」


「だったらさっさとモニカを出せ!」


 脅しだ。ルドルフは自分がやっている事が分かっていた。分かっていながらそれでも切り抜けねばならない状況だということも。

 可哀想とは思わない、彼女が軍人である以上その使命は果たさせてもらう。今はモニカを頼りにする他ない。それがルドルフを突き動かす原動力だった。


 リンジーは酷く震えている。気の強い人間ならばルドルフの頬を叩く所だが彼女はそれが出来ない人種だ。ただ下を向き上がっていく水位ともに溺れ死んでいく、それよりもルドルフに大声を上げられ怒りを見せられたことが何よりも怖かった。


 それだけ、その強い感情が彼女を動かす。


「リンジー、おいリンジー!」


 ルドルフの呼び掛けに返事が返ってこない。何度も呼び掛けるが勿論返答はない。

 たとえ嫌悪の意志を見せていようが、自分があんなことを言ったあとでは夢見が悪い。そんなことは無いと必死にその嫌いな名前を呼ぶ。


「リンジー!! リンジー!!」


 水位は限界まで追い詰めていく。穴が空いた場所から力が放たれレブサーブは既にその場所から脱出している。脱出は不可能、ルドルフは死をも覚悟するが肺に残った酸素で懇願する。


「誰か頼む、助けてくれ! 隊長! 副隊長! リンジー!!」


 二年前を思い出す。

 あの戦いに向かった誰もが救いの手を求めた。上の人間が当時、訓練校所属だったルドルフをも巻き込み勝つ見込みのない戦いに人柱として突撃する。無能が自分は功績を挙げられる、自分は無能ではないと証明する為に行った無能な作戦だった。


 生き残った彼に残されたのはとてつもない疲労と焦燥感、そしてなぜ自分は生き残ったのかという疑問だった。まだ死ぬべきではないと、神が自らそう告げた訳でもない。隣にいた同じ訓練校所属の友人も死んだ。なのに何故自分だけが。


 理由は今でも分からなかった。たった二つ、ルドルフが理解しているのは自分は弱い人間だということと自分はまだ死ぬ訳にはいかない理由があるということだった。


「頼む、モニカ……」


 その時、光が水の中から溢れ出す。結晶や宝石よりも眩しい、星の煌めきのようにも見えるそれはルドルフどころか、潤とガルカをも包む。


「スターセット・スピカ」


 誰かの声が聞こえる。水の中にいる誰もがその声が誰なのかを認識出来ないままだったが三人は空を見上げる。━━━━━━━━そこにはなかったはずの空を。


「スターセット・ベガ」


 リンジーの声がした。煌めきはその呼び声に応じるように三人を外へと吹っ飛ばす。水の勢いに負けることなく星の光とも言えるそれは軽々と持ち上げるようにブラック・ハンターズ全員を地上へと引っ張り出した。



 市民が恐怖におののき誰もいない、何もない四車線道路の上に引きずり出され、そこにはレブサーブや他の三人、ヘリコプターの姿は跡形もなくあるのは水浸しになった四人だけだった。

 彼らは顔を見合わせるなり互いの心配をする。一番最初に声を発したのは潤だった。


「大丈夫だったか二人共!」


 心底嬉しそうな安堵の表情を見せる。肩を掴み大きく息を吐きよかった、と呟くと笑顔を振り撒いた。


「ええ、お二人こそよくぞご無事で」


「助けに行けなくてごめんなさい、潤と自分を守るので手一杯で」


「いえこちらは……」


 ルドルフは言い淀んだ。自分たちを助けてくれた者は誰なのか、読みが当たると分かっていたからこそその人間に感謝を言いたくはなかった。


「お前なんだろ? モニカ」


「…………照れるなぁ、ルドルフくん」


 ルドルフは彼女がなぜそんな顔を自分に向けられるのか疑問で仕方なかった。自分が生き残るために脅迫まがいのことだってした、なのに。

 潤とモニカは彼女へ身体を向ける。いつの間に入れ替わったのか、彼女の魔術は一体どんな代物なのか、聞きたいことは山積みだが彼女に対する一言はそれとは全く無関係だった。


「ありがとうモニカ、お前がいなかったらいずれ全滅だった」


「ありがとう」


 二人は彼女に今できる最大限の礼をする。そんな二人を見てなのか、二人に促されたからなのか、それともモニカが心待ちにしているような顔をしていたからなのかは本人以外には分からなかったが、その男は述べた。


「あ、ありがとう。感謝、する」


 堅苦しく、不機嫌にも思える顔だったがルドルフはモニカに謝辞を送った。それを見たのち、潤は三人に命令する。


「俺達も今すぐこの場を離れる、奴の潜伏先を探し当てるため一旦本部へと戻ろう」


 自分たちの車に戻り、すぐさまデトロイト方面へとエンジンを切る。彼らの服を乾かすのは吹き抜ける風だった。

 だが時を待たず、情報はなだれ込んでくる。防水加工されあの状況を耐え抜いたルドルフの通信機が点滅する。呼び出しの合図だった。例の如くスピーカーにすると、会話に出たのは男だった。


「ブラック・ハンターズだな、ブレイジス所属のヘリコプターがトロント付近で確認された。見覚えはあるか?」


「ええ、アライアス・レブサーブが搭乗しているはずです」


 男は唸る。その答えに懐疑的だったのかどうか定かではないが向こう側の男がもう一度質問する。


「……レブサーブの事件の裏は取れたか?」


「はい、言質はバッチリ取れましたが」


「そうか、ヘリはペンシルバニア方面へと向かった、お前たちも向かって欲しい。明日の昼までに落ち合いたい」


 潤にとって男の声は聞き覚えのあるものだった。ゲレオンの粛々かつおおらかでも無く、レブサーブのように鼻につくようなふざけた喋り方でもない。もっと透明感のある、ミステリアスな声質。


 伝えるよりも先にルドルフが男に問う。


「……あなたは誰なんです?」


「俺は防衛軍本部護衛、マスト・ディバイド中尉だ」

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