0/2/3/ コンフェッシオ


 既に日は闇へと沈もうとしていた。夕焼けが最も綺麗な時間帯に彼らはイーストヨークにある人目のつかないマンホールを開ける。


 人の住む街として保たれていたその穏やかさと人々の微笑みとは裏腹に、下水道は汚水にまみれていた。

 鼻を刺激する異臭と薄暗い通路を軍用装備を身にまとった四人が歩いていく。


 生活排水が足元に敷かれながらライトで道の先を照らす。数メートルにもなる横幅を駆使するため潤とガルカはお互いに剣と槍を携え、後方支援をルドルフとリンジーに任せていた。


 分かれ道では一旦立ち止まり、ルドルフの端末がハッキングされたのを利用し逆に相手の通信機器に発信機の役割を与えたおかげもあり上手く立ち回れることに成功していた。


 リンジーは足をすくめ怯みながらも殿を担当するガルカに後押しされながらひたすら道を進む。潤が最前線を務め、水面みなもに足が入り込む音を立てて二振りの刀を構える。



 どうしようもない緊張とあての無いもどかしさが混同する彼らにとてつもなく大きいハードルが立ちはだかる。


 人の形をしたそれは語りかけてくる。それは櫻井潤が、ガルカ・ヒルレーが、国連情報局ゲレオン・ブラントが、亡きノックス・マッコルガンが追い続けてきた男。


「クラックって昔かじってたがやっぱ難しいなー。それと俺が来いって言ってからもう一時間だ、少しは待ってるこっちの事も考えて欲しいぞ」


 その男、アライアス・レブサーブは茶色のロングコートをなびかせ四人の顔がある方角へ振り向く。


「あいつの結婚式以来か?二人とも良い面構えになったなあ」


「黙れ。俺達にはアンタを問いただす権利がある、アライアス・レブサーブ」


 その名を明かされたレブサーブ本人は肩を竦める。聞かなければならないことが彼には多すぎた。


「確認しておく、アンタがイーサン・グリーンフィールドとノックス・マッコルガンを殺害したのか?」


「ああ、きっちりと殺させて貰った」


「どうして!」


「イーサンを殺したのはあいつが持つ莫大な資産だ」


 イーサンとレブサーブが身内だという事実は存在しない。そこを突こうと言葉を発する前にレブサーブ自信が説明を挟んだ。


「アイツには三人の娘がいる、どいつもアイツの画策で望まない男との結婚を強いられた。長女のウェンディは国連議員の息子、次女のイザベルは軍事会社の御曹司、末っ子はお察しの通りだ。まああの二人には愛ってもんが介在しているようだが?」


 真相が分からないからか、若干上ずった声でその言葉を締める。隠しても仕方が無いと言わんばかりにレブサーブは饒舌に彼らの殺害理由を喋り上げる。


「俺が求めるのは奴の資産の三分の一でいい、次女の嫁ぎ先の軍事会社の社長さんにはツテってのがあってなぁ。手に入れたも同然だ」


「なら大佐は!?」


 潤は咆哮する。長年従軍していれば一度は面識のあるであろうノックスを殺した理由を、仲間であったはずの人間を殺せてしまう理由を聞く。


「アイツは魔術を持ってない割には持っている権力がデカすぎる、頭が切れない奴じゃないし放置すれば面倒な事になりかねん。だから殺った」


 なぜそう平然としていられるのか、潤はもちろんその場にいた誰もがそう考えていた。その憎たらしいほどのにやけ面と罪悪感など微塵も感じていない態度を見ていると、ゲレオンに抗議した姿が馬鹿馬鹿しくも思えてきてしまうと潤は息を大きく吐く。溜まり続けていく憤怒を省みず質疑応答を続ける。


「セレス・シルバーヘインに罪を着せようとしたのは?」


「彼の存在は俺にとって都合がいい、バレずに俺の使命を完遂するには不可欠だったんだが…………いかんせんゲレオン・ブラントを甘く見過ぎていた」


 何故こんな男を庇う真似などしたのかとさえ感じる。その男の中に感情なんて何一つないと言いきれるほどレブサーブはただ微笑んでいた。それはまるでこの街トロントに住む住人達の笑顔を真似ているように。


「まあ俺の作戦の詰めが甘いのはいつも通りだ、これも想定の内。お前らが来ると判断してからは別の作戦も用意してある」


 確認は終わったも同然、最早アライアス・レブサーブにかける温情などひとつもない。即刻殺害する。任務だから仕方がないという感情ではない、罪の無い人間を殺し、かつての仲間を殺害し、友人を侮辱された。それだけで潤は覚悟を決めていた。


「ガルカ、るぞ! ルドルフ、リンジー! 援護を頼む!」


「ええ!」


「分かりました!」


「ひぇぇぇ!!」


 約十メートル離れたレブサーブの喉元を掻っ切る。その為に潤は水を跳ねさせながら、ガルカと共に走り抜ける。隙を突くようにルドルフがレブサーブの頭を虎視眈々と狙う。


「うおおおお!!!」




「悪いが」


 刹那、レブサーブに突っ込んでいった二人は突風━━━━嵐に見舞われる。地べたの泥水をすするかのごとく地面へ叩きつけられてすぐレブサーブの居る場所へと顔を向けると彼の他にも人影が見えた。


 ルドルフがすぐさまライフルでの射撃を行うが、今度は水の竜巻に吸われていく。弾丸は全てその影たちの足元に落ちていく。リンジーはそれを見るなり恐怖に襲われていった。潤は叫び散らす。


「誰だ!!」


「これが俺の作戦、仲間集めだ」


 彼の両隣にはそれぞれ男女が佇んでいた。地面から這い上がろうとする潤を見下すようにレブサーブは高らかに宣言してみせる。


「俺は文字通り世界を変えてみせる、コイツらはそれに共感した集まりだ。トップが元ブレイジスでな、あ、お前もか」


 右隣の女性に肩をかけるとその彼女は置かれた手を軽く払い、左の男は何も言わずにただ潤とガルカを睨み続ける。つれないなあ、と小言を言いながらもレブサーブは仕切り直す。


「コイツらは元ブレイジス第三師団、俺の使命に共感した者達」


 唖然とするブラック・ハンターズとは対照的にどこか楽しげなレブサーブの表情はただの笑顔のはずなのに、どこか狂気に満ち満ちているような顔だった。


「改めて自己紹介しておこう、俺の名はアライアス・レブサーブ。世界を変えようと心から願う元国際連合防衛軍ガーディアンズの一員。だ」


 その時、レブサーブの元に夕焼けの光がほんのりと差し込んだ。

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