022. アイデンティティ
「二重人格者ぁ?」
「ごめんなさいぃぃ……」
トロントへと向かう揺れる車内でルドルフが威圧するように言うとリンジーと名乗った彼女は狼狽える。そんな顔を見ると彼のわすがな良心を突かれたのか見る度変る外の景色へと視線を動かした。シカゴへ向かう際と同じ座席の位置に座り二人は気まずい空気を醸し出す。
「い、色々あって私はモニカと
「そんなに謝られてもな」
「ひぇぇごめんなさい」
「…………」
誰もがその色々を聞く訳でも無いが、三人は彼女への対処を余計に迷う。
彼女の心の中に介在するモニカとリンジーという人格はどちらもお世辞にも真っ当な人間とは思えない。
マイペースで何事も気にしないようなモニカに対しリンジーである彼女は自尊心が低く、自己嫌悪が激しい。
潤は正直な所、ゲレオンの言う通り特殊部隊の隊員とは思えないとも感じてしまった。だがその答えは聞けばわかる。
「戦えるのか?」
「すいません私は無理です……」
私は無理、それは裏返せばモニカでは戦えるということだった。
「モニカが戦うの? さっきのを見るにとてもそうとは思えないけど」
ガルカが戸惑うように質問するとリンジーは答える。
「あれ、途中から
潤達が聞くとリンジーとしての意識が目覚めた時、その時の状況はダグラス・ダンヴァーズが死ぬと宣言したあの瞬間には既にモニカはそこにいなかったそうだ。
彼女らの二重人格の付随価値として、潜在意識として互いの目を借り互いの記憶を保持しあってはいるが、モニカと呼ばれる無垢な少女のような人格は自分主体の人間であるせいでリンジーの見た記憶を曖昧にしているそうだ。
「モニカと
ハンドルを掴み運転しながら潤はリンジーに尋ねるが聞かれた彼女は若干謝り倒しながら喋り始める。
「いつの間にかこうなっちゃうっていうか私も気づいたらモニカと代わってるっていうか……」
次に出る言葉はきっと謝罪だろう、察したガルカは割り込むように語る。
「規定は特になしってことね。主人格っていうのかな、はどっちなの?」
主人格、最も始めにこの世に産まれ今の今まで他人からの愛を受けてきたであろう一番目の人格とはどちらなのか。簡単な質問に申し訳なさそうに受け答えるリンジー。
「わ、私です」
率直にいえばどちらも主人格という大それた名称に相応しくない性格の二人だったがそれを気にしていては、彼女への対応など始まらないと分かっているガルカはベテランのカウンセラーのごとく彼女の言葉を受け入れ続ける。
「そっか、戦闘になったらモニカに代われることってできるの?」
「……ごめんなさい」
この話の流れで謝罪をするということはリンジーの命令ひとつでモニカと交代することは出来ないと明言していると言っても過言ではなかった。リンジーは気を遣うようにルドルフの顔を見ようとするが、彼は外の景色を延々と眺めていた。バックミラーを使って隣同士の二人を見兼ねた潤がすぐさまフォローに入る。
「俺達は気にしない、任務から生きて帰って報告すればそれだけで一流だ。二人もそう思うだろ?」
同意を求める潤にガルカとルドルフも合わせる。
「そうよ、リンジーもモニカも一緒に頑張ろ」
ルドルフはバックミラーの潤の視線を感じる。その目は嫌いでも構わないが、合わせなければならない時が来たら合わせてくれ、そう頼んでいるようにも見えた。
「隊長と副隊長に足を引っ張らなければそれでいい」
「は、はい…………が、頑張ります……」
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そこから五、六時間。彼らを乗せた車はトロントへとたどり着くが街の様子はとても穏やかに見えた。強大な影が潜まんとしているこの都市には勿体ない程、すれ違う人間は笑顔を見せていた。
着くなりルドルフに通信が入る。ゲレオンの部下と思われる男の時と同じようにスピーカーにするとノイズ混じりに男性が応答する。
「こちら国連情報局だ、ブラック・ハンターズで間違いないな?」
「ええ、どうしました?」
「ブラントさんの命令で現在我々もトロントにいる、情報共有の為落ち合いたい」
その場にいる誰もが怪しいと判断した。現在のある程度の作戦概要を聞いただけのリンジーでさえもその違和感にはすぐに気づいた。ルドルフは潤に目を合わせると隊長である潤は静かに首肯した。
「お前は誰だ? ゲレオン・ブラントはトロントに局員を向かわせるなんてこと一言も言っていなかったはずだ」
「あの後話が変わった、君達の援助となるべく派遣されたのだ」
返答にすら疑いの念は晴れない。ルドルフが再び潤の方を向くと今度は潤自身が問う。
「ゲレオンさんは俺達の実力を信頼している、今回はアンタらなんかにつとまる相手じゃないってこともな。魔術師だかどうだか知らないが、ハッキリ言って邪魔にしかならないだろう」
自分たちによほど自信があるわけでもないがかつての仲間に今でも信頼されている以上、それを雑に扱われることなど潤のプライドが許さなかった。
「もう一度だけ聞く、お前は誰だ?」
その問いに答えが返ってくることは無かった。通信先からプツリと何かが音を立てると、男の通信にかかっていたノイズが無くなり鮮明な声が奏でられる。不安を誘うようなその声色、まるでシューベルトの魔王がホール全体に響くように彼らの耳にその音が届く。
「ハァ……ちょーっと面白かったのになぁ、台無しにされちまったぜ」
その声は、その口調は。どこかで聞き覚えがある。潤は記憶を辿るが通信をジャックしたであろう男は話すことを止めない。
「イーストヨークの下水道に来い、来たら全部……いや、大体は話してやるよ」
その馴染みやすく、今では気持ち悪ささえ感じてしまうその声は潤の記憶に住み着いていた。
通信が途切れるとすぐさまそこへ向かうべく車を走らせる。何故ならその男は、その憎たらしくも聞こえる彼は。
「レブサーブ……!!」
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