021. チェイサー



「アライアス……レブサーブ……」


 その名はもちろん知っていた。二年前、クライヴ・ヴァルケンシュタインの異動によってアリアステラ戦線へやってきた男。

 誰よりも明るく誰にでも平等に接する。決して長い時間共に過ごせはしなかったが、必ず印象に残るような男だった。


 そんな彼が何故、という思いに浸されていた。

 その空間がしんとした空気になっていたせいか、通信先のゲレオンが補足した。


「あくまでも可能性だが、彼が犯人である確率は高い。アリバイが存在する他の隊員たちと違っていま現在、本部や支部で存在が確認されていない以上彼を犯人として見る他ない」


 そんな彼の推論に潤は反論した、決して長くはないが共にした時間を盾にして。


「彼はかつての上司でしたが、俺は中佐がそんなことをするような人間には見えませんでした。それに、一時間半前なら本部内の人間である可能性も高いはずです」


 レブサーブの過去の階級である中佐、と呼称してしまう潤だったがそれを気にする様子もなかった。


「調べ尽くしたんだよ、全部」


 ゲレオンのその言葉から、次の言葉が出ることは無かった。本部の状況を知らない潤に現状を突きつける。


「お前たちどころか情報局さえ掻き乱したんだ、このチャンスを逃すわけには行かない。基地内は一時的に封鎖し全員に軽い尋問だってしたさ、その上出た結果がコレだ」


 現実を受け入れるしか選択肢はない、潤も心のどこかでそう思っていた。だがそれを言い渡された時逃げたくもなっていた。


 ゲレオンが心配する様に見ていたが、なおも反論しようと頭から言葉を引きずり出そうとする潤にガルカが肩を置いた。


 そっと彼女に目線を向けるともういいよ、とそんな風に語りかけてくるような眼をしていた。


 私を頼って。彼女にそう言われた潤は再び彼女を思い出す。果ての無い先を見据えている彼の横にいたのはずっと彼女だ。


 促されるように潤はゲレオンに質問する。


「……俺達はこれからどうすればいいんですか?」


「本部であるデトロイトから一時間半だ、そう遠くに行っていないだろうが飛行機を使った可能性もある。国連領内、主に旧アメリカ領は特に監視の目が厳しいからな」


 飛行機で発ったとしても現在空港が使えるのは僅かしかない。国内のインフラ整備が万全に整っていない中、革命軍領内と繋ぐ訳もない。


「レブサーブもきっと俺たちが勘づいたことに気づいているはずだ。そんな中、身動きのできない鉄の塊に長ったらしく乗ってる訳でもないだろう」


「飛行機を使ったとしても一時間、二時間で着くような場所かつ国連領内となると」


 候補はいくつか挙がっていたが絞りきれない。そんな中ルドルフが久しぶりに声を発した。


「トロント、じゃないでしょうか。あそこならその条件をクリア出来ますし大都市ですから充分逃げ回れますよ」


 旧カナダを代表する都市の名が出てきた。CNタワーやオンタリオ湖が有名な観光の名所とも言えるその場所をルドルフが口に出すとゲレオンが賛同した。


「あるかもしれないな、お前達はそこに向かってくれないか?」


「分かりましたが、ゲレオンさんはどうするんですか?」


「他の局員と共に他の候補地をあたってみる、可能性が低いところもあるがあくまでも本命はトロントとしよう」


 大方の目的地と目標が見つかる。ノックス亡き今、ブラック・ハンターズを動かせるのは佐官以上でも極わずかしかいない。その状況からゲレオン・ブラントは上官代理と言っても過言ではなかった。


「民間企業の飛行機を捕まえる余裕も今は無い。車で行ってくれ、本部に経由しなくていい。それとダグラスの死体はこちらで回収する」


「了解しました」


 深呼吸をする。自分自身に誓いを立てる。倒さなくてはならない敵は必ず倒す、それがたとえかつて仲間であったとしてもその日が来るのならやらなければならない。

 それが彼の目指すものの条件だと信じて止まないからだ。


「ではゲレオン・ブラントの名で任務を与える。ノックス・マッコルガン及びイーサン・グリーンフィールド殺害の嫌疑をかけられた男、アライアス・レブサーブ。彼の所在を確かめた後確保または殺害せよ」


 通信が切れるとその場にいた全員はダグラス・ダンヴァーズの死体を置いて即座に移動しようとするがそんな中一人、三人の荷物となる女がいた。


 モニカ・ターナー。自殺の瞬間を見たせいで気絶してしまった彼女は脈こそあるが起きる気配もない。

 ルドルフが口調を荒くモニカをどう対処するのか、あとの二人に聞く。


「コイツ、どうするんですか?」


「どう、しような」


「そっとしておきたいけどそういう訳にもいかないしね」


 潤も彼女の対応に困っていた。ルドルフが自分の中にある彼女への嫌悪を潤に吐露する。


「というかコイツ、本当に特殊部隊の隊員に相応しいですかね。明らかに民間の出ですし自殺の現場を見るなり気絶って……」


 その瞬間、すぐさまモニカが起き上がる。他人に愚痴っていたことがバレたルドルフはなにも喋っていないフリをするが、モニカは彼女を抱えていたガルカの手から離れるとガルカの顔を見つめる。


 口をぽかんと開けながらも何も言わずに十秒ほどすぎると、なにかに気付いたようにモニカは喋り倒す。


「あああああ迷惑かけてすいませんすいません、私なんかが気絶して他人にお手を煩わせてしまうのなんて、あああああごめんなさいーー!!」


 その瞬間その場にいた誰もが唖然した。


「……は?」


「どうしたんだモニカ」


「モニカ、じゃないです私……私はリンジー・ターナーです。というかリンジー・ターナーでごめんなさい、モニカのほうがよかったですか?」


 誰もその現状を理解できなかった。分かっているのは知っていたはずの女性が、他人になったかもしれないということだった。

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