0/2/5/ インフラマラエ


デトロイトへ車を進める彼らに通信を行ってきたのは一人の男だった。


「マストさん……!!」


 その名と聞き馴染んだ声を知っている。約一年ぶりに聞いたその声色に潤はある種の安堵感を覚えていた。

 ガルカもまた彼をよく知っている。自らの身体を張ってまで彼女を護るその精神と覚悟は彼女自身に受け継がれている。


 堕ちる所まで堕ち、腐敗しきった国連革命軍の騙し合いの最中、その中心に位置するとも言える潤達が彼の声を再び聞けるとは思ってもおらず、それは嬉しい誤算だった。


「お久しぶりですマストさん、元気そうでなによりです」


「潤こそ、無事でよかった。ガルカも平気?」


「お陰様で生きてます」


 誰もが階級を呼ばない。それもそのはず、彼らは今は戦場にいないかつての英雄の横に立ち共に戦った兵士たち。彼の生き方を学んできており、彼や彼の尊敬する人間の命令に従った。

 戦争が終わるまでは堅苦しかったがこの二年、潤とガルカはかつての上司たちに以前とは別の敬意の見せ方を行っている。


 彼の、彼らの名前を尊敬の念を込めて呼ぶ、それは今成長した彼らが見せることの出来る感謝とも同義だった。あの日、戦地に赴いてきた自分たちをここまで生かしてくれてありがとう。そんな気持ちと少しの余裕を込めた言葉だった。


「悪いが二人とも、今は談笑している余裕が無いんだ。恐らくレブサーブの悪行はどこまでも根回しされていると本部が大騒ぎで」


 この場にいる誰もが、レブサーブの癪に障る笑顔を想起させる。マストのその言葉に反応を示したのはガルカだった。


「根回し、と言うと?」


「新世紀戦争の間に起きた上層部の暗殺があっただろ?」


「話には聞いていますが」


 暗殺は至ってシンプルな毒殺。飲料に薬を混ぜたものを飲ませ身体の自由を、呼吸を、生命の活動を断つ。

 その暗殺によって絶命したのは上層部、それも国連内で一目置かれているような人間から国連議員まで様々だった。

 当時から現在に至るまでそれを行ったのはブレイジスの暗殺部隊とされていた。


「ゲレオンさんが君たちとの通信の後に直近十年以内で国連とガーディアンズ関係者の他殺とされていた事件を洗い直したんだ」


 国連情報局UIAの職員であるゲレオンは今や戦場は出ることはなく一日中机と向き合っていることだろう。マストが話すのはそんな彼がこの短い時間の中で各所に駆け回りレブサーブという男の尻尾を逃がさぬように捕まえようとしていた軌跡だった。


「そうしたら、この毒殺事件の間にガーディアンズが提携していた医療機関の備蓄から人体に害のある化合物が不自然に減っていたらしい」


 その時期はガーディアンズ所属の人間ならば誰もが戦争へと参戦していた。その殆どがそんな事を気にするはずもなく、彼らは人の死に涙をこぼしている暇も無かった。


「備蓄から毒物を盗み上層部の人間に盛ったのもレブサーブ、かもしれないと?」


「恐らく九割方クロだろう」


 その理由を語る時、耳を立てていた潤とガルカは微笑んでしまった。


「ゲレオンさんが医療機関の幹部になったシャロンさんに直接連絡して調べて貰ったらしいんだ」


「……なるほど」


 懐かしい名前を聞いた。コペンハーゲンとアリアステラにて医療従事者として最前線での治療を行っていた彼女の名前を再び聞くと、ガルカと潤はルドルフとモニカには分からないシャロン・リーチという名に目を合わせて何か示し合わせているようだった。


「その後連絡が入って彼女が言ったらしいんだ、確かにその薬を仕入れた数と外に出した数が食い違っているって」


 レブサーブではない別の人間かもしれない、だが彼は潤達に言い放った。ノックスを殺した理由は放置したら面倒な事になりかねないから、と。


 同じような理由で殺したのだろう。こと戦争において的確な采配を行う人間も、権力を正しい事に使おうとする人間もみな殺したのだろう。

 そのせいでどれだけの人間が犠牲になったことか、結果論に過ぎないがもし殺された彼らが生きていたら被害を抑えて戦争を終わらせられたのかもしれない。


 みなそれぞれ家族がいたはずだ。なのに帰りを待つ人の下へ行くというささやかな幸せを背後から簒奪する、潤はそんな男の行いが酷く許せなかった。

 そう思うだけで怒りは頂点に達した。奴は必ず殺す。たとえかつての仲間であろうと関係ない。自分の仲間だった人間を殺し回ったのだから。


 握り拳を作る潤をルドルフは見ていた。今にも叫びそうなその喉を必死に堪えている、とても取り繕えないそんな顔を見ていた。


「とにかく、それを抜きにしても彼は凶悪な人間だ。一刻も早く対処しなければならない」


「ええ、俺達もそのつもりです」


 他三人の意志を汲み取り潤はそう発言した。

 モニカは理解が足りないかもしれないが、分からないなりにレブサーブがどれほどの人間かを理解しているつもりのようだった。それはきっとリンジーも同じ考えだろう。

 ルドルフはそんな彼の人間性に脅えつつも非道かつ、不利益にしかならない行いに憤りを覚えている。

 そしてガルカは言うまでもなく潤と同じ様な気持ちを抱いていた。


「だけどほんの少し休息も必要だ、この所忙しかったんだろう」


「いえ、俺たちは……」


 ダグラスの下へ向かってからほぼ休み無しで今まで動いてきた彼らは今更、寧日が無いのを嘆く訳もなかった。一人モニカを除いて。

 まだやれる、まだ戦えるそんな気持ちをマストは制止させた。


「そう言っていざ戦って負けた時どうするつもりだ、死んだら何も出来ない」


 マストの論に返せる言葉を潤は持ち合わせていなかった。戦いたい、彼の後を追いたい。その気持ちを理解した上でマストは彼に提案する。


「俺も出撃の許可が下りるまで時間がかかりそうでさ、だから合流の時間を翌日にしたんだ。四人も途中で休むといい」


「お言葉に甘えましょうよ、隊長〜」


 ルドルフは相変わらずその声に腹を立てているのか嫌そうな表情をこっそりだすが、モニカにそう言われると潤にも疲れがどっと現れる。レブサーブに対しての感情は一旦横に置き、モニカの言葉に頷く。


「そうさせてもらいます」


「うん、明日に備えてほんの少しでも疲れを取って戦いに望んで欲しい」


 マストのその声を聞くと彼の笑顔が容易に想像できた。ではまた明日、と言いルドルフが通信を切り空を見上げると紅く染まり綺麗だった夕焼けは、肌寒さを感じさせる静かな暗闇となっていた。


彼らはペンシルバニアに向かう為の順路に従い戦いが起こるであろう方角を向く。

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