003. シリアルキラー




「それにしても秘密裏に動く特殊部隊も殺人事件の犯人探しをするんだな、何でも屋か?」


「名ばかりの掃除係ですから」


 ゲレオンは来客用のソファーに座ると話を始めた。潤とガルカ以外の者、ゲレオンの部下の黒服達を外へ出し世間話も満たない皮肉を言い合うとゲレオンは本題へと入った。


「結論から言おう、その中身に入っている書類の男が今回の事件において最もクロに近い存在だ」


 ゲレオンがそう言うと潤はすぐさまその書類を探る。

セレス・シルバーヘイン、それが彼の、犯人の名前だった。


「彼の今までの人生の記録をしらべたが、戸籍とその他生活に必要最低限の登録しかしていない」


 それだけならまだ分かる、そう言いたげな口ぶりであることからして彼には隠された秘密があるようだった。


「彼は魔術師だ、しかもコイツは世間を騒がした連続殺人犯の正体ときた」


 ゲレオンはその後話した。八年前、あの新世紀戦争が始まる直前に、その連続殺人犯が旧アメリカ内部で跋扈していた。殺害方法は一貫してボールペンで頸動脈を一刺し。恐ろしくシンプルでありながらそれは一年間で十数件にも昇った。


 犯人は捕まらず、事件は迷宮入りとなったが今更になって再びこの事件が脚光を浴びることとなった。現場から指紋が出ず、かつ未解決の事件はこの『殺人鬼Z』と呼ばれる者が起こした殺人のみだったからだ。


 潤は聞いているうちに話が吹っ飛びすぎだとも思ったがそれもそのはず、魔術などが存在するこの世界においてまともな思考ができるわけがない。ましてや魔術師絡みの殺人事件の犯人が逮捕される確率はゼロパーセントである。その理由の主が魔術を持つ相手に対して逮捕を画策しても捕まえることが出来ず最終手段として殺してしまうからだ。


「彼はまだ二十二歳です、十四の頃に人殺しを行ったとでも言うのですが?」


 その言葉を発したのはガルカだった。かつての上司ではありこちらにもセレス・シルバーヘインがシロへと至る証拠は余りにも少ないが反論できる余地はあると考えたのだろう。


「既に彼の両親に言質は取ってある、彼の中学時代といえば周りの皆が学校に行き勉強する中、家に引きこもってペットのハムスターと戯れていたか、外出し散歩するかの二択、後で言うがとある一件があってからは後者の方が増えていったという」


 おおよそその散歩の最中殺されたのだと勘繰るゲレオン。殺害衝動などはわからずじまいだが殺人を行った期間に関しては文句の付けようがない。そして、その両親も現在のセレスの居場所については知らないと言っていたそうだ。


「では彼が魔術師だという証拠は?」


「彼の記録には彼が魔術師だという証拠がない、その理由は彼が"全てを欺く魔術"を持っているからだ」


 全てを欺く魔術、それは最早魔術ではなく詐術であるとも二人は思ってしまった。

 だがゲレオンの瞳は何か訴えていた、何か確信がある思想のもと言っているのだとも二人は分かった。そうして一瞬だけ驚いたガルカと潤は再びゲレオンの話に耳を傾けると、彼もそれを認識し続けた。


「これもまた彼の両親から聞いたが、彼は口に出した言葉、思っていることと反対の行動を取ってしまうそうだ」


 好きな食べ物を好きと言えば、その次の日からは食べなくなってしまうし、得意な科目を得意だと感じればそれからは離れてしまう。口で言うのは簡単だが好意のあるものから離れるというのは子供にとってはとても辛く難しいものであるだろう。

 だがそれをいとも容易く、尚且つ頻繁に起こす彼に親も当初は不安がっていたそうだが、本人も段々とそれは口に出すことをしなくなったそうだ。


「だがセレス・シルバーヘインの異常性はそこからだ」


 とある一件、ペットのハムスターが寿命で衰弱していると分かってから彼はハムスターを一思いに殺してしまった。カッターで胴体と頭を皮一枚でギリギリ繋がっているまでに切った。その後自分のしたことに気づいたのか彼は泣きながら両親に見せたという。


「自分が殺してしまったかもしれない、と」


「彼の言ったその言葉に確証がないのは何故……」


「恐らく、自分は殺したくなかったからだ」


 彼は殺したくないから殺した。好きな食べ物はもう食べないし、得意な科目ももう苦手になってしまったのと同じような感覚で、殺したくないと思ってしまったから殺したのだ。セレスは自分に眠っている力に気付かないままペットを殺してしまった。


 殺害衝動など最初からなく、泣きながら彼は生命に終止符を告げた。抗う事の出来ない呪縛に囚われたまま彼は殺した。きっとその後あった殺人も同じ思いのまま殺してしまったのだろう。何故抗えないのか、それが魔術だからである。


「彼がイーサン・グリーンフィールドを殺した犯人かそうでないか確かに重要だ。だがそれ以上に彼の魔術はいずれ国連の、俺達自身の身の危険に繋がってしまう」


 潤とガルカは顔を見合わせた。

 そんな魔術が、そんな魔術師が存在していいいのだろうかと。恐怖でも怒りでもない。悲しみ、この世の悲哀を体現するようなその魔術はいずれ自分達にも及んでしまうのかと思うと、言葉すら出てこなくなる。


 形容しがたい感情が二人を襲う。だが現実は時を止めない。動き続ける歯車の中で、その歯車を動かす役割を持つ彼らはゲレオンの言葉を聞き続けた。


 セレス・シルバーヘイン。彼が殺しを行ったかどうかではなく、自分の好きな食べ物も、趣味も、指紋も、魔術師かどうかを判断する検査も、殺したくないという感情も全て欺く。その力を持つ魔術、そしてそれを制御出来ない彼の存在が脅威なのだ。


「彼は人を殺したくないから殺す、そういう魔術師なんだ。改めて俺の口から言おう、イーサン・グリーンフィールドを殺し、その他数々の殺人を行ったとされる快楽殺人鬼Z、またの名をセレス・シルバーヘイン。彼を逮捕、または殺害せよ」


 かつての仲間、上司からの命令に対して重い腰を上げるように潤はソファーから身体を離す。ガルカとアイコンタクトをとると、ゲレオンに返答する。


「任務、受諾しました」

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