054. 燃やし尽くせ


「おらああああ!!!」


 ニンバスは雄叫びをあげる。大切な仲間が窮地に追いやられた中、彼は力の込められたその拳をかつての親友に振りかざす。


 その親友であるニルヴァーナはニンバスの攻撃をものともしない。心にその叫びが響いていないかのように避けてしまう。


「そんなものか、ニンバス」


「これが俺の本気だと思ってんのか、なら大間違いだぜ!」


 その言葉と共に拳に灯る炎はさらに大きくなる。ニンバスのこの戦いにかける意志は誰よりも大きかった。


「なあニンバス、なんで俺たちはイクスなんていう魔術に似たものを創ったと思う?」


「知らないし、知る必要もねぇ!」


 トップスピードでニルヴァーナの下まで追い詰め、彼めがけて殴りかかるがあっさりと機械式銃剣アサルトブレードで受け止められてしまう。


「滅ぼしたいんだよ、魔術師を。人類は本当に消したい目的の為には、自分が消すはずのモノに似た恩恵を受けたってなんら疑問を感じないのさ」


 たかだかそれだけの為にたとえ命を削り取っても構いはしない。本来は存在しえない矛盾そのものとも言えるイクスを使うことも躊躇わない。なぜなら彼等は、


「盲目的だからさ、ニンバス!」


 銃形態に移行したアサルトブレードがニンバスの目の前に構えられる。大きな音を立てて発砲されたがニンバスはあらかじめ回避の体勢をとり、後ろへと下がっていた。


「盲目的なんだよ、人は。嫉妬や憎悪に狂った人は元凶を叩き潰すのに手段を厭わない。受け取った恩恵が、本来その感情を打ち消すようなものであっても人は変わろうとしない」


 要は被害者でありたいだけなのだ。魔術師と同じかそれ以上の力を誇るイクスを手にしても悦びすら感じない。それ以上を目的とした彼らに以下を与えてもその悦びに気づけないのだ。


 それが人間だから。それが本性なのだから。


「仕方が無いんだ、それが大いなる目的なのだから。人類史上における革命とはいついかなる時もそうやって来たんだ!」


 小を殺して大を得る。その理論は決して間違ってはいない。その決して小さくない犠牲の上に成り立つ平和があるのならば、それは素晴らしいことだ。


 だがニンバスは反発する。


「お前の、お前達のやっていることは破綻しているも同然だ。残された人々の哀しみを知らずに生きていくのは楽だろうさ、易い命だからだよ」


 小さな犠牲は無くならない、それは人類が何度も経験してきたことである。その犠牲さえも無くなればそれは人類は、人類を名乗ってはいけない。それはロボットと同義だ。


 ニンバスの着眼点はそこではなかった。


「だが、その大いなる目的の為にやることが全人類を巻き込んでまで行う戦争ってのか、ふざけるな!」


 その過程の中で本来小さく済むはずの犠牲以上の被害が出ていることは明らかなのだ。


「イクスだろうとその目的であろうと他人を、民間人を巻き込んでいい理由にはならない!」


「民間人の中にだって魔術師はいる」


「それでも、小さな犠牲以外の世界を踏み潰しちゃいけねえんだ!」


 何を言っているかさっぱりだ、そんな顔を見せるニルヴァーナ。

 大方賛成だった、ニルヴァーナの主張は殆ど理解出来た。だが、ニンバスは小を殺して大を得る世界に不必要な犠牲があることに怒りを露わにしていた。


 ニルヴァーナは口元をニヤリとして、彼を煽る。


「その民間人とやらを、小さな犠牲というんじゃないか?」


 その言葉はニンバスを更に焚きつけた。


「ふざけるな、死ぬのは俺たち軍人だけだ。何があっても戦う力で、力のない人間を殺すことは誰であろうと許されねェ!」


 心の焔を燃やし尽くす、そんな面持ちのニンバスに対して、何かを待ち続けているようなニルヴァーナとの温度差は激しいものだった。

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