053. 二つの言い訳
基地の裏から現れた敵の対処が終わり、帰ってきたグレイスは再び司令室の部屋の中に入ることは無かった。
まず最初に向かったのは、シャロンがいる医務室だった。
「シャロン!」
「大尉」
落ち着いたトーンで彼女は話す。白衣を纏いながら、鮮血の赤色を被ったシャロンは息を上げているグレイスの話を聞く。
「負傷者は?」
「現時点では二十八人、死亡は九人。対処しようのないものが多かった」
グレイスはイクスによるものだろうとすぐに察しがついた。それを理解した上で彼はもう一度質問する。
「魔術師は」
「あっち」
指を差した方向にカーテンがあった。自分は手が離せないとというアピールをしながらシャロンは安心しなさい、という顔を見せる。
それだけで彼らが死んでいないことが分かると、安堵しながらそのカーテンを開ける。
「ああ、グレイスさんだ」
「マスト!」
見るからにボロボロな姿のマストにグレイスは触れようとするが、マストはその手が自分に付く前に忠告する。
「あー、心配してくれるのは嬉しいんですが、少し待っていただけますか。なにせ体のあちこちに切り傷が入ってたり、骨が折れたりしてるものでして」
「分かった、すまないな」
謝罪の顔色を見せながらマストは戦場に居座っているとは思えないほど綺麗な歯をさらけ出し、笑顔を見せる。
「シルライトは大丈夫なのか?」
シャロンに大丈夫だと無言で伝えられるもやはり確認がとれていない以上、心配になってしまうグレイスにマストは回答する。
「ええ、気絶してますが命に別状はないそうですよ」
「そうか、よかった」
「珍しいですね、グレイスさんがそんなに自分たちの身を案じてくれるなんて」
グレイスは自分でも分からないまま、無我夢中に仲間たちの心配をした。兵器のように人を殺し続けた男が、やっとこそ人並みの感情を取り戻した証拠でもあった。
「今まではそうじゃなかったと言いたいのか?」
「いえいえ、そんなこと」
冗談を言い合える。久しぶりだった、心に余裕を持っていることがグレイスにとって懐かしささえあった。
「グレイスさん、それと」
マストはか細い声でグレイスに話しかける。グレイスも耳を傾け彼の話を熱心に聞こうという姿勢を見せる。
「ニンバスさんが、俺たちよりも先に、いるんです」
三人で前線を張っていたが、彼は相変わらずの様子らしかった。前線を上げるために突っ走るのいつも彼の役目だ。
「分かった、俺が行こう」
「ありがとうございます、じゃあ自分はちょっと睡眠を……」
そう言うと、マストはすぐに眠りこける。よほど険しい戦いだったのだろうと、グレイスは心の中でその戦果を称える。
早歩きで医務室を出ようとするとグレイスはシャロンに引き留められた。
「大尉、どこにいくの?」
グレイスはすぐに答えた。
「やらなきゃいけないことを済ませに行くんだ」
仲間を助けに、親友の手助けに行くことに理由がいるのだろうか、そう思いつつも彼は小さな言い訳をして再びこの基地を後にした。
────────────────
「ここが」
樹木を倒した後であろう切り株が多い場所にソレはあった。
「ええ、いわゆる仮説ダムだね」
潤とガルカは壁とも言うべきものの目の前に立っていた。
ありったけの物資を使って塞き止めたといわれる、川がそこに確かにあると二人は確信した。
「じゃあさっさと壊して……」
「潤」
「ん、どうしたのガルカ?」
自分の名前を呼ばれた気がした、潤は横に振り向き自身の名前を言ったであろうガルカに応えた。
「私達はグレイスさん達に信頼されていないのかな」
「それってどういう」
「私達だって戦えるのに、グレイスさんは私達を決して前線に出すような判断はしなかった。どうして?あの時、私がマストさんを殺しかけたから?」
違う、そう答えたかったが潤はそれに当てはまる理由を持ち合わせていなかった。
でも違うことは確かであると、そう信じたいと思ったが現実主義であるガルカにそのような曖昧な回答をすれば、ビンタされるのは必至だろう。
今にも泣きそうなガルカに対して、潤はその顔を和らげる方法は思いつかなかった。
でも答えるしかなかった、彼女に問われているから。自分がグレイスを信頼しているから。
「違うよ」
「えっ?」
涙は流さず、その瞳だけが濡れていたガルカに潤は答える。
「それは違う。理由は、グレイスさんが俺達のことを信頼しているって俺が信じているから」
「何言ってんの……」
困惑した表情を見せるガルカだったが潤の口は止まることを知らなかった。
「グレイスさんは俺達が生きている未来を約束する為に前線に行かせなかったんだ。きっと、ここにいる魔術師の中で一番若いからでしょ」
決意に満ち満ちた潤の表情はガルカと仮説ダムの壁を見ていた。
「それは、この世界に可能性があることを信じたグレイスさんの行動だ。明日生きている俺達という可能性を信頼したんだ」
ガルカは理解したのか目に光が宿る。潤の独りよがりな思想はガルカの心に火を灯した。
「だから、俺達はその明日を信じた、グレイスさんを信じればいい! って思うんだけど、ダメかな?」
「ううん、いいよ」
首を横に振る。ちょっとの笑顔を見せるとガルカはその槍を壁に突きつける。
「やろう、明日の自分達の為に」
明確な意志を持った潤の顔にガルカはほんの少しだけ様々な思いを馳せる。
「ああ、もちろん!」
潤は二本の剣を抜き二人共、氷の力を最大限に引き出す。
潤がでっちあげたグレイスの思想に応えるため、二人は叫ぶ。
「ウルサヌス!!」
「アウルゲルミル!!」
崩れ落ちていく壁とともに山の恵みが現れた。
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