055. 紡いだ絆



「はぁ、はぁ」


 グレイスは今までにないほど走り続けていた。どこまでニンバスが前へ突っ切っているのかは分からないが、グレイス自身の予想が正しければ彼らの最後の防衛線はニルヴァーナだ。


 決着をつけなければならない。運命とさえ思えるその再会に終止符を打ち、この戦いを終わらせる。


 だが、大切な人を守るために、大切な人を倒す覚悟は出来ていなかった。







────────────









「ハハハッ、その程度のパワーとは思ってもいなかったぞニンバス!」


 触れれば大火傷どころではないような熱さを持つニンバスの両腕はいまだ、ニルヴァーナの身体に届かなかった。


「いや、これも俺が強くなった証拠か」


「黙りやがれ!」


 剣と拳がぶつかり合う。剣にヒビが入る様子も無く、拳から血が出ることも無い。直接の力を加えているニンバスより、剣をもってして間接的に攻撃しているニルヴァーナの方のパワーが圧倒していた。


「くそっ」


「イクスは魔術に似た力を与えるだけではない、身体能力の向上さえも図れる。これからの時代、全ての魔術師はイクスに押し潰されるのさ!」


 ニンバスのストレートを押し退けてみせるニルヴァーナ。

 地べたにしっかり足をつけた状態でも二メートルほど後ずさりさせるその馬鹿力にニンバスは驚いていた。


「笑わせんなよ。勝ちたいから、力の差を見せつけてやりたいから他人の力を受け売りに戦うなんて、軍人が一番やってはいけないことだ!」


「俺たちは軍人ではない、革命軍だ」


「既に他国に侵攻し、国と同じ権力と領土を持って、国連加盟国を脅かしているのに今更革命軍だと。それこそ茶番だァ!」


 うるさいやつだなと言いたげに耳を塞ぎながら話を聞いていたニルヴァーナ。

 魔術を持たない人間が導いているとされる革命軍、ブレイジスはもはや一国のレベルではないほどに膨張していた。


 かつて連合国と枢軸国と言われた二つの軍よりも国連と革命軍の力は拮抗していた。

 かたや数、かたや質、そう揶揄されるのも慣れていた。


「この世における魔術の使えない人間は七割を下回った。危険だ、これ以上魔術師を増やさない為に俺達が滅ぼしてやらないと、この世界は義務を果たせずにぶっ潰れる」


「何を言って……」


 ニンバスはニルヴァーナと拳と剣を交えながら疑問に思っていた。

 矛盾の塊であるイクスを持つ彼らが世界を、魔術師を潰そうとしているんじゃないか、一方的な観点でしか見れない以上ニンバスの疑問は解決する糸口がなかった。


「お前には分からないだろうよ、ニンバス。なぜならこれはに理解出来るものだからだ」


「さっきから何言ってんだ、オイ!」


 ニルヴァーナを威圧する。その煽りすら聞こえていない彼の様子にニンバスは突っ込んだ。


「人類と世界を保たせる為に必要な人間と、その血流だ。それが絶たれれば世界は始まりと終わりを際限なく繰り返し、いずれ消滅する」


 話し込んでいるニルヴァーナに割り込むように全速力で突っ切る。邪魔するものはいない、全力でぶん殴る。その為にニンバスはニルヴァーナにかかる。


「俺には分かる、その選ばれた人間が。何故なら俺は……」


 ニルヴァーナの左頬に物の見事にニンバスの右ストレートが刺さる。

 燃え盛る炎はニルヴァーナと零距離になり周りに音が響くかのようにそのパンチはニルヴァーナに効いたように見えた。


「アグニ……!!」


 その威力は凄まじく、今まで歯が立たないと思っていたニルヴァーナを軽く遠くへと吹っ飛ばした。

 土煙の向こうに消えていったニルヴァーナにニンバスは確かな手応えを感じていた。


 人間が喰らえば頭蓋骨が割れ即死だ。だが既に人間とは思えないほどの力を持つ魔術師とイクス使いは人によるものがある。


 御託を並べて誰に向けて喋っているかもわからない、訳の分からないことを言っていたニルヴァーナにニンバスは一喝とも言える一撃をかました。




「やっぱり凄いな、ニンバスは」


 人形を投げた時のように軽々と飛んで行ったニルヴァーナは生きていた。煙が薄くなった場所には発火してすぐ火消ししたであろう火傷のあとが、痛々しくも左頬にあるニルヴァーナの顔がそこにあった。


「ニルヴァーナ」


 首も確かに繋がっている。ニンバスは彼の顔をまじまじと見ていた。


「やっぱり尊敬するよ、ニンバスも、グレイスも」


 その柔らかい言葉にニンバスはすぐ反応した。

帰ってきた、いつも自分の話を聞いてくれたあのニルヴァーナが。


「ニルヴァーナ、お前」


 その口調にニンバスは涙ぐんでさえいた。ニンバスは両腕にあった焔を消して、ニルヴァーナのもとに駆け寄る。


「ああ、君のおかげでどうやら俺は」


 戻ってこれた、いつものニルヴァーナが。また話をしよう、この五年で沢山あった。

 辛いことも、悲しいことも、嬉しいことも、全部話そう。ニンバスは彼に笑顔を見せた。


 その時、ニルヴァーナが正気を取り戻したというあまりに突然の出来事で気づいていなかった。

 ニルヴァーナが、機械式銃剣アサルトブレードを銃形態にしてニンバスのその顔を待ち望んでいたことに。




「俺は、世界をやり直せそうだ」


「えっ……」









 グレイスがやっとの思いで着いたニンバスとニルヴァーナ、二人がいるはずの場所にいたのはニルヴァーナ・フォールンラプスたった一人だけだった。




彼が腕に付けていた真紅のバンダナは彼と共に無くなっていた。




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