052. 命が進む



 潤とガルカは目的地である仮設ダムへ向かった。


 廃れた樹木が少しの風で揺れる中、残ったのはゲレオン・ブラントとナタリー・ヴェシエール。


「こんな短時間にお前と二回も戦うことになるとは、思ってもなかったよ」


「私だって、あなたを殺せていなかったことが屈辱で仕方が無いわ」


 彼女は部下であるアーリンに誓ったのだろう、仇は必ず果たすと。

 だがゲレオンも目的がある以上、死ぬことは出来なかった。


「激流を呼び起こしなさい、アルメストリア!」


 腰に添えられた細身の剣を抜き、呼応するかのように剣からは溢れんばかりの水がゲレオンを襲う。


 ゲレオンは言うことを聞かない体を無理やり動かし、なんとか回避する。


「できればお前のそのイクスで火消しをしてくれないか?」


 ゲレオンなりの冗談だった。危険な時だからこそ心に余裕を持とうとしているが、ナタリーは皮肉にも冷徹に返答を下す。


「無理な相談だねぇ。確かに私のイクスから現れる水は私の制御下にあるが、味方の炎を消化するものじゃない」


 ナタリーの発言によって火災はブレイジスによって引き起こされたとゲレオンは確信した。

 ナタリーはあえて口を滑らせたのかは分からないが、これといって慌てる様子もない。


「そうか、じゃあお前は用済みってやつだな!」


 その答えが聞けたのなら彼女にかける言葉はもうない。ゲレオンはスナイパーライフルで狙い撃つ。


「トラロカヨトル!」


 銃のトリガーを引き放った弾丸を突風によって猛スピードでナタリーに吹っ飛ばす。


 するとナタリーは何層にも張られた水流の壁で威力を弱める。ナタリーのもとに来る頃には弾丸はゲレオンの魔術の意識下にあらず、地に落ちていた。


「くそっ」


「アルメストリアはこういう使い方も出来る」


 攻勢に転じたナタリーはゲレオンの周りに半円を描くように水を飛ばす。

 枯れた木々の間をすりぬけ、飛んで浮く水流は天の川のようだがそれに世話にならぬようにゲレオンはかわそうとする。


「ん?」


 だがゲレオンを攻撃しようとする意思すら感じられないソレに呆気を取られることもなく、彼は気にせずスコープの中を覗き、十五メートル先にいるナタリーの頭を狙う。


「攻撃しないならそのドタマをぶち抜く!」


「しないわけないじゃない!」


 先程までのナタリーの魔術が丁度後ろ、死角になった瞬間に猛スピードでゲレオンに向かって突っ込んでくる。


 樹木たちをかわすわけでもなく、ゲレオンに一直線で突っ切る。


 注意を払っていない訳ではなかったが、その速度に驚いたゲレオンは防御の体勢をとるも、小枝や土を含んだ濁流に呑み込まれる。


「ぐあぁ!!」


 それで終わるはずもなく、ナタリーは更に三方向からゲレオンを詰める。


「うおおおあああああああ!!」


 四方から流れ込む水の圧力で息苦しくなった世界、今にでも自分の中にある骨という骨が粉砕しそうなその攻撃に、既に先の戦いで負傷していたゲレオンの身体は悲鳴を上げていた。


「打開する方法、なにか」


 そんな時でもライフルは決して離さなかった。彼女は決して剣術がうまい訳では無い、それはイクスを多用しているからこそ見える弱点ともゲレオンは取れた。


 小さいな海の中、もがきながら打開策を考え思いついたのは自分の命をも賭けに出すようなものだった。


 彼女は自分のイクスを過信しすぎた結果、ゲレオンの命を取りこぼしたのだ。ならば、今度は必ず自分の手で殺しに来るだろうと思案していた。


 苦しいながらも、ゲレオンはそのタイミングを今か今かと待ち望んでいた。


 自分も経験したことがない、自分だけの、自分の為の秘密兵器をゲレオンは引き出す。


「今度こそあなたは死ぬのよ!」


 多量の水の中足音が聞こえてくる、ゲレオンがいる方向へ走って彼を確実に殺そうとしている。


 彼女が殺そうとする時、必ずイクスを解除する。巻き込まれた状態の自分なら外から見えにく外す可能性があるからとゲレオンは身構える。


 そしてナタリーは踏み込み、斬撃を加えようとする。


「なに!?」


 イクスを解除しない、それはゲレオンにとって誤算だった。水をやませるのを合図に、ソレを行おうとしていたゲレオンはその危険になんとか対応しようとする。


 胸に少し剣の刃先が当たるもゲレオンは水の中叫ぶ。


「トラロ、カヨトルゥゥゥ!!!」


 振り絞るように放った風は自分とナタリーの身体を宙へ飛ばせるほどの力の篭もった竜巻となった。


「くっ、はあああ!!」


 水が雨となり二人は空を舞っていた。最初こそ驚いたがナタリーは飛ばされ雨となった雫たちをゲレオンに飛ばす。


 痛々しいその雨に打ちつけられながらゲレオンは彼女に標準を合わせる。自分の身体もスコープも、ナタリー自体も揺れ動くがゲレオンはたった一言紡いだ。



「俺は生きて、進み続ける!」



 その後、息を止めて一発。

 地面から五メートルほど飛んでいたゲレオンは受け身をとりつつ転がり落ちた。

 何をするにも身体は脳から出ている命令を聞こうとしなかった。息はあるうえ意識も確かだが全力を出し切ってしまったのだ。


「はぁ……はぁ……」


 ナタリーの生死は確認していない。あの時撃った弾も当たっているかすら分からない。

 そんな中、ゲレオンに今までの疲れが現れたそっと目を閉じた。


 それ以降動けなくなったゲレオンの前にナタリーが現れることはなく、彼女は地に伏せ腹部から血流が溢れ出ていた。


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