051. 再戦



 ゲレオンが目覚めると、枯れ果てた細い木に寄りかかっていた。

 何があったか上手く思い出せない。だがとても悲しくて、とても心地よかったものであるというのは分かった。


「ううん……」


 頭を少し揺らし、そこが現実であることを認識する。まばたきを数回行い、立ち上がろうとする。

 体の節々を痛めたゲレオンの体は言うことを聞こうとしなかったが、ゲレオンは無理矢理にでも立ち上がろうとする。


 目下に映る前線の景色を見ると、ナタリーにやられてからそう時間は経っていないように見えた。硝煙や爆発音は多くなっている気はするが、大勢に影響はないようだった。


 ナタリー・ヴェシエールを探さなければいけない。彼は樹木から樹木へ伝うように歩き始めた。


 彼女はどこへ行ったのだろう、自分を倒したと思い他の仲間の打倒へ向かったのかなどと考えていると、前線はおろか周りの木々さえも一瞬にして燃え上がる。


「これは……!!」


 誰の手かは分からない、だが敵が行ったものであるのは確かだと火の手を避けながら考える。

 むやみやたらに前線の方面へ降りようとしていたが、そういう訳にもいかなくなってしまった。


「どうすればっ」


 足が思うように動けない中、この熱量の火となるとゲレオンは生きることを諦めなければならないのかと思う瞬間があった。


 それでも、生き続けなければならない。仲間が生きているのならその先の未来を見ていたいと願う彼の思いが歩みを止めなかった。


 ゲレオンは基地や前線がある方向とは真逆、山の上へと転換した。


 ナタリーが言っていた。ここには昔、綺麗な水が流れていたが戦いにおいて邪魔になったという川があると。

 それならばどこかで塞き止められているはずだと、ゲレオンは場所も分からずただ歩いた。


 燃え上がっているあの戦場の消化は通常不可能だが、塞き止め、貯水状態のその川なら無理やり消すことも出来るかもしれない。

 そして彼女がその場所を知っているのなら、自分を倒したあと向かうと推理した。


 元々、水計を行うつもりだったグレイスの作戦上、相手が火を使うのは予想外だったが自分たちにとっては都合がよかった。


 そしてそこに向かっている仲間もいるということは彼も理解していた。


「ブラント中尉!?」


 そこにいたのはその仮説ダムに向かう櫻井潤とガルカ・ヒルレーの姿だった。


「大丈夫ですか中尉!」


 潤はゲレオンを見つけるとすぐさま肩を貸した。悪いな、と小さな声で言うも緊急を要するような体のゲレオンに潤は救護しようとするのに必死で聞こえていない様子だった。

 ガルカもまた、顔を合わせて日の浅いゲレオンの身を案じて基地まで送ろうとした。


「すぐさま基地に」


「いや、大丈夫だ」


 ゲレオンが放ったその言葉に驚く。何を言うかと言いたげなその表情を二人ともしていた。


「どうしてですか中尉、今すぐにでも行かなくちゃ中尉、あなたの身体が!」


「お前達にはお前達の仕事があるはずだろ?」


 潤は途端に押し黙る。上官にそう言われれば誰だって静かになるだろう。ゲレオンは潤やガルカのフォローをしつつ二人を諭す。


「お前達のその意思は有難く受け取る。だけどみんなが生き残って勝つには俺はここにいなきゃならない」


 先程まで自身が思っていたこととは逆の言葉を彼らに紡ぐ。自分なら死なない、そんな自信があったからこそ彼らに危険は負わせたくなかった。


 なにより、これから行う事も危険を孕んでいるのには返す言葉は無かった。


「だからお前たちは……」


「生きてたんだねぇ」


 三人は一斉にその声がした方を振り向く。するとそこにはナタリーが存在していた。彼女の不敵な笑みは悪寒がする。

 なにかよからぬ事を企んでいるのではないかという不安が増すような顔をゲレオンは再び見ることとなった。


「ナタリー」


「ちゃんと殺せたか確認するべきだったわ」


 彼女の詰めが甘いおかげでゲレオンは生きながらえることが出来た。そして、彼女の詰めが甘いせいで負けるのだとゲレオンは心の中で闘志を燃やしていた。


「それに、そこの二人は川があった場所にいくつもりでしょう?」


 彼女の推察は確かだった。だがナタリーは他の敵に伝えている様子は微塵も無く一人で来たような状態だった。


「すこーし道に迷っちゃったけどあなた達なら正確な場所を知っているのでしょう、倒すしかないじゃない」


 冷徹な瞳に殺意が芽生えている。頬を舐め回してくるようなその気味悪さはナタリーの特徴となっている。


「先に行って任務を果たせ、こいつは俺がやる」


「無理ですよ中尉、その体じゃ!」


 ゲレオンはこんな時まで自分の身体を守ろうとする潤に心から感謝を伝えたかった。だが、その言葉を送れば自分は死んでしまうと考えた彼はナタリーと同じように何も言わず笑う。

 だが、彼の笑みにはその気持ち悪さは無かった。


「大丈夫だ、行ってこい」


 こんな部下二度と現れることは無いだろうと思っていると、潤はその言葉を信じたのか少し不安そうにガルカを連れて上へ登って行った。


「いいの? 今の貴方の身体じゃまたすぐに死んじゃうわよ」


「お前に心配されるほど鍛えていないわけじゃない、どうってことないんだよ」


 ゲレオンは強がりを見せる。ナタリーの前でも潤たちの前でもその強がりは弱まる様子は無かった。




 全員が生き残る為に自分が死ぬ、そんな自己犠牲は自分にはできない、だがそうしなければならない時はそうしようと考えていた。


 それでも今はまだ違う。彼らの未来を見る為にゲレオンは再びナタリーと相対する。



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