037. 集結




 互いに歩み寄って何が平和か。


 ニルヴァーナの思想はひねくれていた。

 五年前のあの時、カンデラスが教えてくれてからずっと彼らへの憎悪は消えていない。


 それはアリアステラ戦線にいる今でもだ。


「失礼します、大変遅くなりました。いきなりこちらに向かう際のルートの大幅な変更があったもので」


 薄い青髪の女、ナタリー・ヴェシエールはドアを開けて敬礼しながらそう言った。ニルヴァーナに向かってではなく値が張りそうな椅子に座っている男に向かってだ。


「そうだったのか、連絡が無いものだからてっきり英雄サマに殺戮の限りでも尽くされたのかと思っていたよ」


 渋く、掠れた声を持つその男、スレヴィ・パーシオはアリアステラ戦線のブレイジス側の司令官だ。勿論その場にいる誰よりも階級が高い。


「その際に腕の立つイクス使いが何人かやられてしまいまして、今来た隊の中でイクスを行使できるのは私ぐらいでしょう」


「充分だ」


 ニルヴァーナは口を挟む。自軍の能力を分かりきっている彼はたとえ一人でもいらないと思っていたくらいだ。

 黒井健吾は同じ部屋にこそいたが一切口を出すつもりは無いように見えた。


「随分と強気ですね。確か、フォールンラプス大尉?」


 少しだけ首を縦に振りその通りだと伝える。


「次に行う作戦はこの軍だけで行うものだったからな。だが予備がいて損は無い、よろしくな、ナタリー・ヴェシエール」


 二人の会話が途切れようとしたところ、今度はスレヴィが部屋にいる三人に向かって話す。


「今回の作戦はニルヴァーナが主体となって行うものだ、俺は一切手出しはしない。」


「どうしてです?大尉はもちろん私もそこにいる彼もまだ若い、なのにパーシオ大佐が指揮をしないとはどんなことがあれば有り得るんですか?」


 痛いところを突かれた様子のスレヴィは耳の裏をかく。彼の表情は言えないことではないが、言えば反感を買うと分かっている顔だった。

 それを呑み、スレヴィは当人のいる前で説明する。


「彼は二十二歳だが才能がある、俺よりもな。今のうちに育てれば戦闘能力も指揮力も俺程度は悠々と越えてしまうだろう。俺はその未来に投資したんだ。これで負ければニルヴァーナの実力も俺の見極める能力もそこまでだったってことだ」


 彼にとってニルヴァーナという男の実力は信頼におけるものだった。そこまで言うならと引き下がるナタリー。


 その時、入室許可も得ずにドアを乱暴に開いた男がやってきた。


「フハハハハッ! ニルヴァーナよ、たった今お前の盟友である私、ヴィクトル・ザドンスキーがやってきてやったぞ!」


 健吾とナタリーは初めて見た男の態度に驚いた様子を見せた。初対面でも分かるニルヴァーナの性格とは真逆とも言える男が彼の盟友と言うのだから。

スレヴィだけはヴィクトルと名乗ったその男を冷静に落ち着かせようとする。


「ザドンスキー准尉、扉は静かに開けてもらいたい」


 上官から忠告されたことを聞きもせずヴィクトルはニルヴァーナに会っていなかった時の武勇伝を語っていた。


 スレヴィがお手上げのジェスチャーをしていると、ニルヴァーナは目の前の男の話を途中から少しだけ聞いていた。


「そして私がそこに参上したわけだ! その程度の存在はこの稀代の英雄である私が全て撃ち抜いてやったのさ! 下劣で醜い他の者と違い、私は最強であり最高の存在だ、ブレイジスの上の者もそのうち私を指導者に選ぶだろう!」


 五年前から変わらず彼は自分を棚に上げ、他人を見下していた。それに対してニルヴァーナはなにも反応せずに別のことを思い出したように彼の肩を掴みこう言う。


「なあヴィクトルよ、お前に頼みたいことがある」


 武勇伝を邪魔され少し不愉快そうな顔をする。それを見たニルヴァーナはにやけ顔で続ける。


「このことはお前にすぐに伝えたいと思っていてな、なにせお前にだけにしかできない事だからだ」


「なんだと?」


 ヴィクトルの好奇心を持った瞳を視たニルヴァーナはさらに口角を上げる。


「この私にしか出来ない事がある?」


「そうだ、お前にとっては簡単だが俺たちにとってそれはとても難しいものなんだ。頼めるか?」


 するとヴィクトルは俯き身体を震わせる。下を向いた彼の声がうっすらと聞こえる。


「フッ、フフフッ……フハハハハッ!いいだろう!この私にしか出来ないことをニルヴァーナ、お前から頼まれては断る道理もあるまい!」


「そうか、ありがとう」


 彼から許諾を得るとニルヴァーナは曇のない笑顔を見せた。

 高笑いを続けるヴィクトルを置き、ニルヴァーナはスレヴィに聞く。


「パーシオ大佐、彼の準備は?」


「万端だ。もう少しで……」


 扉を叩く音が聞こえた。ニルヴァーナの待ち望んでいた人のお出ましだった。


「噂をすればだな、入れ」


 ドアノブが捻られ男が入ってきた。黄土色の髪の毛、平均的で服の上からは分からないくらいの程よい肉付き。ここにいる誰よりも若い肌を持つ彼はこちらに向かって敬礼をし、自己を説明する。



「訓練生、ハイヴ・クルーリヤ二等兵です。アリアステラの最終兵器として呼ばれたそうですが」


 ニルヴァーナは部屋にいる全員に彼をこう説明した。


「俺たちの要は訓練所を卒業間近の彼だ」

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