031. 徹底抗戦
コペンハーゲン戦線はアリアステラ戦線のように、時代に合った最新鋭の武器装備は存在しない。アリアステラと同じ理由で兵站が確保出来ないからだ。
だがアリアステラと同じように重要な拠点でもある。なんとしても守り通さなければならなかった。
車内は快適とは言えなかった。現場の近くまで届けてくれる車に乗せてもらうと、荒んだこの地の景色がよく見えた。煙たい空気、土と火薬の入り混じった匂いが鼻にくる。
砂利道を踏み歩きガタガタと揺れる車の中にいたのは、短い期間のせいで名前の覚えることが出来なかった運転手と真正面に座る潤。奇しくも、ここに来た時の列車の席の並びと一緒だった。
グレイスが装備を整えている間にホラーツから概要を聞いていた潤は、グレイスにあらかたの説明を終える。
「今もなお、一般兵の方々が戦っていると聞きました」
「だろうな、ここからでも国連軍製の銃の発砲音が聞こえる」
同時にブレイジスからの銃声も聞こえる。きっと辿り着いたらまた血みどろの世界なのだろう。かつて見たこの大地の面影もなくなるのを再確認すると、グレイスは外へ出る準備をする。
「ゲレオンは?」
「別の車で狙撃ポイントへ行きました、観測手もつけず一人で大丈夫なのでしょうか」
原則、二人一組が基本の狙撃において護衛の役割も持つ観測手を、人員不足という理由でつけないのはもってのほかだが、それよりも最前線に人を割くというホラーツの魂胆なのだろうと考えたグレイスはそれ以上の口出しはしなかった。
「大丈夫だ、一人でやれるからこそ少尉なんだろ」
きっとホラーツもゲレオンの能力を信頼した上での戦略なのだろうと考えるグレイス。
そろそろ現地につくと運転手が二人に言うと彼らはドアに手をかける。
男臭い匂いが染み付く車内は無線が付いているだけ。舗装されていない道路ですらない道を走る。銃声の音がどんどん近づいてくる。
あと少しで止まるというところでグレイスは気づいた事があった。作戦概要などを聞いていてまともに顔を見ずにいたこの車の運転手は、あの日コペンハーゲンについた先に会ったあの門兵だった。
軍用車は築き上げられた土嚢の裏で留まる。潤はさっさと降りていく。気を遣って喋りかけなかったのかどうかは定かではないが、かつて門兵の役割を任せられていた彼、ジョッシュに話しかける。
「ジョッシュ、あんたの名前だ。お互い頑張ろうぜ」
「は、はい!!」
まるで潤と初めて会った時、緊張して震えあがったような声だったその男の返事が帰ってくるとグレイスは少し口角を上げて、その車を後にした。
外へ出るとそこは相も変わらず地獄絵図というものだった。見慣れてしまった景色の中でグレイスは潤と共に最前線に向かう。
走っている横を見ると死体がこちらを見つめてくる。お前は死なないのかと言わんばかりの冷たい目で。
グレイスはそっぽを向くこともなく、複雑な感情のまま彼らを見つめていた。自分の気持ちさえ分かることの出来ない人間が生き死にを考えるなんて無理に決まっているのだからとグレイスは思う。
死屍累々の光景を通り過ぎていくと、見えたのはガーディアンズの兵士を圧倒的な強さで殺していくサキエル・グランザムだった。
「また会ったな、グレイス・レルゲンバーン」
白い肌に真っ赤な血が塗りたくられたサキエルの姿は美しくもありながら、恐怖を植え付けてくるようだった。
グレイスは怯まず前に進むと、潤も怖がらずに彼に追随する一歩成長した姿を見せる。
関心する暇もなくグレイスはサキエルの挨拶には答えず、日記に記した自分の見解をサキエルに突きつける。
「お前の"ネクセス"と"アブソーブ・スカル"、どっちが魔術でどっちがイクスだ?」
潤はグレイスの言葉がよく理解出来ていないようだった。サキエルはそれを見切ったように返答する。
「もうそこまで辿り着いたのか、流石だな。まあお前らならいいだろう。確かに俺は魔術である"ネクセス"、イクスである"アブソーブ・スカル"、その両方を行使できる」
予想が的中するとグレイスは目つきを変える。
「何故、そちら側についているんだ?」
「横の奴、櫻井潤とほぼ同じ理由だと思うが?」
どういうことだとサキエルを再び勘繰る。
だが彼はグレイスに考える暇も与えずこう言う。
「下らないことに頭を使うくらいなら他人を守るといいぞ、グレイス・レルゲンバーン」
余裕を見せるサキエルに言われるがまま同調するグレイス。潤もそれについて行こうとする。
「アブソーブ・スカルッ!!」
あの時と同じように細い光が何本もまばらに飛んで行き、サキエルの躰に戻っていく。
「フンッ!」
「くっ!」
一瞬で距離を詰めてきたサキエルに対して、グレイスは僅かな時間で剣を作り出すと互いの刃が打ちつけ合う。
何回も何回も予測しづらい剣さばきを危ない所で防御するグレイス。金属音が響き合う中、潤が間に割り込むとグレイスから離れて連撃をやめる。
サキエルがイクスを使ったあとは彼の動きも剣の重みも段違いだった。
アブソーブ・スカルはサキエルの身体能力を格段に上げる能力と予測した。光りだしたサキエルの躰は以前戦ったように明らかに強くなっていた。
だがこれだけの力には何か代償があるのではないかと戦闘中に三度考える。
だがサキエルは待ってもくれずにグレイスと潤に攻撃を仕掛ける。
「うあっ!」
「潤!」
潤がサキエルの猛攻に耐えきれず仰け反るとグレイスは潤のように両手に剣を持ち背後から斬り掛かる。
「その程度」
振り下ろしかけたサキエルの潤への攻撃はグレイスに対しての防衛となった。
グレイスの攻めを止めると鍔迫り合いとなり、ぶつかり合う剣は互いの感情を強める。
「お前が司る魔術師を殺す理由は分からんが、俺達の邪魔になるのは確かだ」
「だろうな、だから何だ?」
「だから俺は、守る」
グレイスはあえてサキエルを殺すと言わずに、仲間を守るという言葉を選んだ。
その一言と共に力を放つ。無数の剣がグレイスの後ろに現れると、彼は全力を持って叫ぶ。
「エクス……マキナァ!!!」
聞き慣れた刃を創り出す魔術、"エクスマキナ"はサキエルに突き刺さろうとする。不味いと思ったのかサキエルも自分の魔術で対応する。
「ネクセス!!」
サキエルの声に反応して大地が蠢くと、土でできた大きな右手が生えてくる。
数多の刃はサキエルに近づくも彼は巨大な手の中に入り、難無く防いでしまう。
造られた手の甲には何十を超える剣が刺さっている。気にも留めず手中から出てきたサキエルに潤は不意打ちをかける。
「ウルサヌス!!」
サキエルを氷漬けにしようとするも、それすらかわしてしまう。
「ひ弱な氷だ」
剣の柄頭で潤の腹を突くと衝撃で唾液が飛び散る。サキエルはすかさず蹴りをかましていくと潤は吹っ飛んでいった。
「ガハッ!」
岩にぶつかり痛みとめまいで暫く動けなくなる潤。
グレイスは繰り返し攻撃をしようとするも、サキエルによって造られた右腕により初めて戦った時のように掴まれてしまう。
足掻くことが無駄だと分かっていたグレイスは拒まずにサキエルを見つめていたが、本人は見向きもせず残っていた一般兵に攻撃しはじめる。
兵士たちの横から大きな左手が生えてくる。何も出来ずにただ悲鳴を上げて仲間は死んでいく。あたりを見渡すグレイスはその姿に絶望に似た感情を抱く。
「くっ……」
「仲間を守るなど到底無理なことだ、ましてや自分も危機に陥っているというのに」
サキエルの言葉はグレイスの心を揺さぶるのに充分だった。だが自分の言ったことを捻じ曲げるわけにもいかないグレイスは苦しむ中、サキエルに言い返す。
「確かにそうだ……だが、俺はお前の"意思"とやらに従って動くのとは違う」
黙りこくったままのサキエルに言い放つ。
「仲間を守る、その思いこそが重要なんだ。言い訳かもしれないがな」
「黙れ!」
初めて声を荒らげたサキエルを見たグレイスは今だと言わんばかりに力を解放する。
共鳴するかのようにサキエルも掴んでいる右手の力を強める。
アブソーブ・スカルの身体強化の能力を造りだした右手に与える。先程後ろの一般兵を薙ぎ払い殺したのは恐らく"代償"に使う魂を手に入れる為とグレイスは読む。
アブソーブ・スカルの正体は、他人の魂を自分やネクセスで造った器に代償として使う事で、圧倒的なパワーを手に入れることが出来るというものだった。
だが負けず劣らずの力を見せるグレイスはら人ひとりが丸々収めることが出来るほどの大きさの右手の手首一点に集中して、空中に舞う剣で斬りつける。
どんどん削れていく土の塊は大地に還っていく。
ついに前腕と手がちぎれるとグレイスは苦しみから解放される。
剣を突き立て受け身をとると、すぐさまサキエルに剣を向ける。
「覚悟しろ、サキエル」
以前の戦いでは見たことのない眉間にしわを寄せた彼の顔はグレイスの頭の中に鮮明に残った。
「うっ……」
するとサキエルは急に膝から崩れ落ちる。何かもわからずグレイスはその姿に驚く。先程まで見えていた彼の珍しい表情は、野太くも細々とした声とともに下に向く。
「もう時間か、久方ぶりに使わずに来てしまったからか」
服の上から心臓の部分の布を掴んでいる苦しい表情をするサキエルはそのまま帰ろうとする。
逃すわけには行かないとグレイスも追おうとするが、今は動けず隙だらけの潤と背後の一般兵の死体の山を見て、彼は無駄だと確信した。
「はあ!」
最後の力を振り絞るかのような声で土と瓦礫でできた壁を築き上げ、その姿を消す。
追うことを止めたグレイスは目覚めかけいる潤の肩を持ち、基地の方面へ向かおうとする。
どこを見ても血だらけの人間がいることに違和感も覚えずに帰ろうとするグレイス。
サキエル・グランザムの苦しむ原因は恐らく魔術とイクスの併用かと考えながらのそのそと歩いていく。ブースタードラッグを使ってなんとか持ちこたえているのかどうか真相は本人に聞かなければ分からないが、彼はそれよりも言うべきことがホラーツ達にあった。
この戦線は放棄するべきだと。
左半身が潰れ、土と埃にままれながら血と肉を垂れ流し続けるジョッシュを見たのを最後に彼はコペンハーゲン基地に向かった。
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