032. 大空に向けて放つ銃弾
グレイスと潤がサキエルと戦っている間、ゲレオン・ブラントもまた別の場所で戦っていた。
相方のいない狙撃手にも彼はもう慣れた。彼は一人で作戦をこなす時、いつも思い出す。
トレイシー・ハズラム伍長。訓練校では成績が悪かったらしく、晴れて観測手に就任した彼はいつもゲレオンに話しかけていた。故郷であったトレイシー自身の武勇伝から昨日の晩飯の愚痴まで何もかもを。
気持ちを和らげようとしているのか、ただ単に馬鹿なのか分からないがゲレオンは観測手の仕事もまともにしないトレイシーに注意する。
俺は下らない与太話を聞きたいんじゃなくて、観測手としての相棒が欲しいんだ。与えられた役割をこなさないなら帰れ、とトレイシーを突き放した。
ゲレオンは昔から国連に従事することで精一杯だったせいか、人との関わりに興味も関心も示さなかった。
トレイシーはしゅんとした表情でその日はずっと黙っていた。
後日、再び彼らはタッグを組むとトレイシーの様子がおかしかった。
なんと彼が普通に観測手としての作業をしているのだった。相手との距離から風向き、風速まで観測手としての仕事を完璧にこなす男となっていた。
結果的に任務は大成功、彼らはその一週間後には一階級昇進となった。
一体なぜ彼があんなに仕事に対して真剣に挑むようになったのか。ゲレオンはトレイシー本人には追及せず、基地の人間に聞いて回った。
聞くとどうやら彼はあの日ゲレオンに冷たく言われてから、本人の見ていない所で並々ならぬ努力を積んだらしい。元からできる男だったと嘘をついて自慢したいから隠れてやったという。
ゲレオンはトレイシーのその生真面目さと熱意に少しばかり感動していた。
それからというもの、二人はいつものようにタッグを組み、いつものように各々の仕事をこなし、いつものように下らない話に花を咲かせていた。
勉強熱心だということがわかったトレイシーは、その能力を評価されると前線の指揮官にも抜擢された。勿論そこでも評価を上げる彼は観測手という仕事を機に、出世の階段を上り始めようとしていた。
トレイシーの面白い話は底を尽きない。狙撃手一筋のゲレオンは、会うタイミングも無くなってきた指揮官のトレイシーの口から出る笑える話を心待ちにしていた。
それは突然だった。
トレイシー・ハズラムはゲレオンの知らない所で二階級特進を果たしていた。
砲撃によるものだったらしく現場を見ると、どれがトレイシーの体か分からないほどバラバラになっていた。
何も言わずに彼は出世してしまった。その鼻が詰まったような声で聞きたい話が山ほどあったのに。その顔をまた見て、あともう一度くらいタッグを組みたかったのに。
弱い風が吹く中、ゲレオンは過去を懐かしむ。
きっとあれほど再会を望む男はもう現れないだろう。小さくて大きなその望みを叶える方法は一つしかない。
息を大きく吸い、心を落ち着かせるゲレオン。
きっとそろそろあの女がやって来ると確信していた彼は彼女が今吹っ飛んできてもそう驚きはしないだろう。
体の前面を岩で隠し、銃口だけを剥き出しにした状態のゲレオンはスコープを覗く。
真正面に見えたのはやはり彼女、アーリン・ハルだった。遠距離から敵を警戒していたゲレオンは近づく彼女の気配を掴めていなかった。ゲレオンと同じようにスナイパーライフルを携え彼に向かって手を振る。
「久しぶり、ゲレオン・ブラント」
「随分と馴れ馴れしいな、これから殺し合うというのに」
直球で彼女の挨拶に返答する。銃口の向きは変わらずアーリンに向けたままだ。
銃弾の性質を変えるイクスを持つ彼女に油断も隙も与えてはいけない。アーリンの動向を常に見続けるゲレオンはじっと動かないでいた。
「そんな所から出てさ、早撃ち勝負でもしない?」
200メートル向こうから話しかけてくる彼女の言葉を聞き入れるゲレオン。
「それはいい案かもな、ルールはどうする」
彼は挑発にあえて乗ってみせる。アーリンがそれに気づき、更に誘って来るのを分かっている彼は隠しながら話し続ける。
「お互い持ってるスナイパーライフルを使って、どこからか地鳴りが聞こえてきたらそれか合図。どちらがより相手に致命傷を与えたかで勝敗をつけましょ」
「面白そうじゃないか」
彼女の具体的な話は全く聞いていない。彼女の手から足、頭や腹部に至るまで全てをスコープの中から観察していた。
「私が勝ったらゲレオン・ブラント、あんたの体をこっちの技術者が解剖するんで殺して持ち帰る。あんたが勝ったらもう一回だ」
「つまりそっちが勝つまで終わらないってことだろ」
なんとも分の悪い勝負を持ち込まれたゲレオンは乾いた笑いが出た。どう足掻いても負けの賭けに彼はこう答えた。
「じゃあその勝負、断らせてもらう!」
同時にアーリンの頭めがけて発砲。余裕を見せていた彼女に不意打ちする。
弾速は彼女が動くよりも確実に早い。非道ながら絶対に殺せる手段をとったゲレオンは彼女を殺ったと確信する。
だが予想は大きく外れる。引き金を引く前から彼女は後方へ少し飛び体に弾が当たる時間を少量稼いだ。アーリンはその間にスナイパーライフルを取り出し下に向けてトリガーに手をかけて放つ。
彼女のイクス、シャレルバレットと呼ばれるその能力で跳弾に変えていたのか地面に当たった弾丸は跳ね返り、物の見事にゲレオンが撃った銃弾に当たる。
ゲレオンの突然の一撃は軌道が逸れると、アーリンの横を通り過ぎてしまった。
「嘘だろっ」
思わずゲレオンは本音が出てしまう。彼女のにやけ顔は遠くからでも分かるほど印象的だ。
すぐさま岩の裏に隠れるゲレオンに気にせず彼女は攻撃を仕掛ける。
「やってくれたね、次はこっちから!」
銃声が二回聞こえる。アーリンとの対角線上には今ゲレオンが隠れている岩がある。当たるわけが無いと思っていた彼はその予想を覆す結果に再び驚く。
「なっ!」
二発の銃弾はゲレオンの左右に一発ずつあった。
ホーミング弾、シャレルバレットの能力であるどんな弾でも自在に性質を変えられるということの意味を理解した彼はその危機にすぐさま反応する。
しゃがみこんでいた彼は銃弾が見えるととっさに地べたに這う。多少のズレがあるも彼の頭上で弾はお互いにはじけてどこかへ飛んでいった。
これはまずい、そう思ったゲレオンは素早く決着をつけようとする。
身体を晒し何発も何発も最後に彼女の姿を見た場所に撃つ。だがアーリンの姿はそこにはいなく、あるのは静寂のみだった。
「また逃げる気か!」
煽りを含めたその問いにアーリンは反応する。
「なワケないでしょ、ただあんたの後ろにつくのに時間がかかっただけ」
背後からアーリンの声が聞こえると銃口を素早く向けて引き金を引く。
「トラロカヨトル!」
撃った弾に風の力を込めてアーリンのいる方向へ届ける。
「シャレルバレット!」
呼応するように彼女もイクスを使う。銃から出た弾はおよそスナイパーライフルとは思えない銃弾だった。散弾と言われるそれはゲレオンの風の力を切り抜けて彼の下へやってくる。
「うっ!」
致命傷を避けながらもかすり傷を何個も背負ってしまったゲレオン。足に怪我を負い自分の体を支える力が無くなり、その場に倒れるとアーリンはその隙を逃さない。
「ふんっ」
腿に付いていたホルスターから拳銃を取り出すと正しく早撃ち勝負をしているかのような撃ち方をする。
銃を腰と手で板挟みにして何発か撃つ。それに反応していたゲレオンは腕の力だけで逃れる。
余裕綽々で油断し、イクスを使わなかった彼女に心の隅で感謝するとゲレオンを拳銃を使って彼女を牽制する。
「クソッタレが!」
「おっと」
明らかに慢心している彼女に苛立ちを隠せないゲレオン。だがここで落ち着かなければチャンスが来ることもないと知っていた彼は立ち上がり彼女から離れる。
「やっぱりあんたは掌で転がしてるくらいが丁度いい、物の見事に私の罠に引っかかてくれる」
先日戦った時のサキエルを出すための時間稼ぎも、油断しきっているフリをしてゲレオンを苛立たせることもきっと罠なのだろう。
彼女とはグレイス達が来る前にも戦っているのにこうも殺せないのはきっと手玉に取られているからなのだろう。
全てを飲み込み感情を落ち着かせる。
立場も性格も違うのにゲレオンはグレイス・レルゲンバーンにいつの間にかトレイシーの姿を重ねていた。何故かはわからない、横顔だろうか。だがそれはきっと自分が見たい妄想を勝手に見ているのだろう。
だが、ゲレオンにとってそれが希望であることに変わりはなかった。
「ふう」
そっと息を吸いアーリンの銃弾を待つ。数秒後には彼の待っていたものは来た。
「死になッ!」
ホーミング弾と跳弾の併用。追尾し、必ず殺そうとしてくるその銃弾を魔術を使った銃弾で逸らす。素早く次の銃弾を放ち再び彼女の銃弾を弾く。魔術を纏った弾丸はアーリンの後ろへ飛んでいく。
そして、スコープを覗き頭を狙い撃とうとするゲレオン。だがそこに居たのは拳銃をこちらに向けたアーリンの姿だった。不敵な笑みを浮かべる彼女はこう言う。
「かかった」
「しまっ……!!」
アーリンの銃弾はスコープを貫き、ゲレオンの眼球に当たる。
声にならない叫びが身体の中に巡るも、彼は必死にその声を押し殺す。
落ち着け、自分に言い聞かせて確実に待っていた。
目を抑えて血が溢れ出るのを止めようとするゲレオンの前に彼女は立つ。
「また罠に引っかかったね、やっぱりあんたは私の掌の上だったのさ」
「その言葉を待っていたぞ……」
左手で彼女を指さすゲレオン。無駄な足掻きをとほくそ笑む彼女に彼は興味がなく指していた場所はその向こうだった。
「巻き起こせ、トラロカヨトル」
刹那、彼女の体を銃弾が射抜いた。左胸と腹部に一発ずつ、計二発の弾丸はついさっきアーリンの弾を逸らしたそれだった。
その場に倒れ込みアーリンはゲレオンのようにもがく。違う点と言えば痛みに耐え切れず、声を大にして喚いてる所だろうか。
左手で拳銃を取りアーリンに銃口を向ける。
形勢逆転となったゲレオンは彼女に一言、言い放ってみせる。
「また油断したな」
もう三発、拳銃でアーリンの身体にお見舞いしてやると彼女は声も上げず動かなくなっていた。
たった一人を殺すために右眼を犠牲にしたゲレオンはスコープの壊れたライフルを杖代わりに持って、足を引きずり右眼を瞑りながら基地へ戻っていく。
こんな姿を彼が見たらどう思うだろうか。笑うのか心配するのか、別の人との会話の中で話のネタとして無断で勝手に使うだろうか。
彼しか分からないことを気にしながらただ歩いて帰っていく。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます