014. 昔あった君に
「おつかれ」
百を優に超えるほどの人数をまとめるこの拠点で男は親友と共に夕飯を済ませようとしていた。
男の名前はグレイス・レルゲンバーン。父親は生前に、母親は出産後一年も満たずにこの世を去った。後に師匠となる男が彼の後見人となりその身を預かった。
数年間の修行をした後は出身が同じで、時々一緒になって遊んでいた親友と訓練校に入った。
親友の名はニルヴァーナ・フォールンラプス。魔術も持たない文字通りの"人間"である彼も魔術師に対する差別意識などはなく、山の中に住んでいたグレイス達が麓へ降りた際に出会い、時々遊ぶ仲になった。
訓練校へ入ってからは非魔術師の中では総合首席をとるほどの成績をもっていた。
同じ故郷のよしみであった彼らは訓練校に次いで初めての戦線であるアラスカでも共にいた。
「ああ、お疲れ様」
物静かであまり意見をせず他人を一歩引いた目で見るニルヴァーナは、誰に対しても敬意を払っていた。
「今日も無事に、生き残れたな」
「これもデヘール大尉とグレイス達のおかげだよ」
「"塹壕隊"が後ろで頑張ってくれるからさ」
遠慮しつつグレイスや他の皆をたてるニルヴァーナ。
前線での指揮官を任され、グレイスにも信頼されていたフェリス・デヘールは魔術師が戦っている間、少し後ろに離れた塹壕の中で銃撃を行う通称、"塹壕隊"に所属していたニルヴァーナ達も重宝していた。
「まあ、他のみんなもいるしね」
誰彼構わず同じ目線で話し合う彼女のような存在もいるが、後方にふんぞり返っている総司令官は階級も実績もフェリスよりも上なはず。
にもかかわらず戦争に怯えているのか、自分に責任が回ってくるのが嫌なのか、殆どの責務を彼女に渡すなど無能の極みに至っていた。
「俺も、魔術が使えるなら使ってみたいよ」
「なーに言ってんだよ、お前には訓練校で培ってきた実績と実力があるだろ。その腕を振るえば戦争もあっという間さ!」
人を奮い立たせることが得意なグレイスに激励されたニルヴァーナは、戦争に対しての不安はいつの間にか彼のおかげで晴らされていた。
「そうだね、ありがと……ん?」
「んあ、どうした?」
ニルヴァーナが目をやった方向にはグレイスのちょうど後ろの方にある食事の配給所に並ぶニンバスとフェリス・デヘールの姿があった。
多数の人がいる広々とした食堂で手狭に食事を済ませる二人は、人混みと多くの話し声の中にある彼らの会話に耳を済ませていた。
「まったく、あんなに味方がいない場所の中でたった一人で敵に突っ込むなんて死にたいのかい?」
「すいません、周り見れてなくて……」
「でも許そう、夕飯に帰ってこれたもの。ニンバスを責める権利など私にはない」
"あの輸送機"から降りてから二週間たった今日、彼女の言うミスを犯したニンバスは説教を食らっていた。
前に体勢を倒しただただ謝っていたニンバスに手も出さず、次は頑張れ、とも言いたげな言葉だけで彼女はどこかへ行ってしまった。
フェリスとの会話を終えたニンバスはこちらに一直線で向かっきた。
後ろに振り向いていたグレイスは彼の体を見るように姿勢を変え、ニンバスが席についた時にはニルヴァーナと話していた体勢に戻っていた。
「こっぴどく叱られるかと思ったら全然そんなこと無かったわ……こええこええ」
ニンバスの危機を脱したような口ぶりにグレイスは反論する
「おいおい、相手がデヘール大尉だったからいいものの、他の上官じゃ噂の軍法会議に提出されるかもだぞ? なにしろ今回はお前もわる……」
「わぁったわぁった。お前は俺の親かなんかか、俺が悪うござんしたぁ!」
「ま、まあまあ二人とも、ここは落ち着いてご飯食べようよ」
グレイスとニンバスを落ち着かせるニルヴァーナ。そんな中、三人の団らんの中に割り込む者がまた一人こちらに来ていた。
「フハハハハ、見事であったぞグレイス、ニンバス!」
「げ、ヴィクトルだ」
ニンバスがヴィクトルと呼ばれた男にそっぽを向く。
「優秀で勤勉、天才である私の為によくやってくれた! ニルヴァーナ、隣にいた貴様も素晴らしかったぞ!」
彼、ヴィクトル・ザドンスキーを紹介するにはその彼の言葉だけで物足りる。彼は自分に酔いしれ、自分以外の人間を全て見下す男だった。
「せいぜい生き残れるように努力するんだな! まあ、私には必要のない心配だ! フハハハハ!」
嵐のように現れ、言うだけ言って嵐のように去ったヴィクトル。そんな彼は非魔術師の中では"総合二位"だった。
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