013. 『剣豪』と『カラス』





 三年の月日を感じさせるこの地は、草のひとつも無い、ふたつの山に挟まれた、ただ広いだけの土色の平地に成り果てていた。


 ある日は泥にまみれ、ある日は陽射しに叩かれ、またある日は雪原となる。

 そんな刺激を受けやすいアリアステラ戦線に三人は来ていた。


 たった三人、兵士もいなければ他の魔術師もいない。ガーディアンズとしては櫻井潤、ニンバス・インディル、グレイス・レルゲンバーンの三人以外は誰一人いなかった。


 ブレイジスの一般兵が十数人いてもグレイス一人ですら充分まである。だが、彼等が最も懸念していたのは"イクス"の存在だった。


「グレイスさん、敵がそろそろ来る頃合いです!」


 階級ですら呼ばなくなった潤に呼応するグレイス。


「分かった、ニンバス! 行くぞ!」

「ああ!」


 一メートル五十センチほどしか横幅のない塹壕の中から身を乗り出す三人組。


 真っ正面に目をやると、潤が伝えた通り敵がやってくる。

 ライフルを持ちその銃口をこちらに向ける。


 たった数人、その兵士達は相手取ろうとグレイスが前に出た瞬間、横から手が入る。

 そちら側を見るとニンバスが手を出していた。


「グレイス、お前なんかが魔術を使ってまでやる相手じゃない」


 そう言うとニンバスは今にも引き金を引きそうな敵に向かい突撃していった。


「行くぞ……アグニ!」


 指貫きされたグローブをつけた手を握り締めると溢れんばかりにでてくる炎が前にいた男達を包み込んだ。


「があああああ! あつい! あついぃぃ!」

「やだ! 死にたくない、死にたくない! ああああ!!!」


「……悪いな」


 耐え難い温度を誇る火はトリガーを引く暇すら与えず彼らを焼き尽くした。

 絶えず彼の掌から出る炎は兵士の息の根が止まるまで続いた。


 火種しか残らないほどに時間が経つと男達の声は聞こえなくなっていた。


 深呼吸をし心を落ち着かせていたニンバス、それを傍観していた潤とグレイス。

 すると、敵方からたった一人、男がやってきた。

 男に一番近かったニンバスは、銃を持っていなかった彼に余裕を見せる。


「なんだお前、なんか用か?」


「仲間が殺されているんだ、用も何もあんたらを倒しに来たんだ」


 よく見ると左の腰にあてられた刀を男は持っていた。

 濃いブラウン色の髪に茶色い瞳、潤と同じかそれ以上の身長だった若々しい彼は日本人だとひと目でわかった。


 段々とニンバスに寄っていく彼の刀は鞘と刃の間からまばゆい光が漏れていた。

 それに気づいたグレイスはダッシュしながらニンバスに対して大声で叫ぶ。


「ニンバス、離れろ!」


「はぁ!」


「!?」


 鞘から放たれたモノはまさしく光。

―抜かれた刀はその輝きとともに振り下ろされた。


 慢心していたニンバスは間一髪でその振りをかわし、駆け寄ってきたグレイスと潤に目をやる。


「あっぶねぇ。あいつ、例のイクス使いか?」


「だろうな、恐らく『剣豪』か『カラスcrow』の内の一人……」


「あいつが……」



「俺をよそに俺の話か?」


 そうやってこちらの話が気になった男はおもむろに話す。


「俺の名は、黒井くろい 健吾けんご。お前らの言うイクスの持ち主だ」


「!?」


 イクスを持つ者、その言葉だけで三人は呆気に取られる。グレイスの感は当たってしまったのだった。


「先日、うちのもう一人いたイクスの使い手が殺られてしまったんでな。仕返しに来たわけなんだ」


「黒井、健吾……黒井crow……健吾剣豪……あっ! こいつ、『カラス』と『剣豪』、どっちもですよ!」


 あまりの驚きのせいか、語彙の足りなくなる潤。


 偵察班の聞き間違いで、二人と勘違いされたその二つ名の人は黒井健吾たった一人だった。

 それを聞いた時点で理解したグレイスは潤に返答する。


「そうみたいだな、だが今はそんなことを気にしてる場合じゃないぞ」


「ええ」


 やはり来てしまった。グレイス達が考えていた最悪のパターンを引き当ててしまった自分達は、この状況を受け入れざるを得なかった。


 刀から光を放ちながら迫る健吾。

 次の一歩を踏み出した瞬間、圧倒的なスピードでグレイスの側まで近寄った。


「はああああ!! ヤマトォ!」


「くっ!」


 ヤマトと呼ばれた瞬時に呼応するかのように輝きを増すそのつるぎはグレイスの剣とぶつかりあった。


 お互いがお互いを見合いながら、鍔迫り合いをしているとグレイスの剣に亀裂が入る。


「くそっ!」


 イクスの力によって押し負けたグレイスは後ろへステップし距離を取る。腕を振り切った彼の後ろには潤が健吾に向かい、飛び込んでいた。


「ウルサヌス!」


 氷炎の力とともに払われた二刀流をあっさり避けてしまった健吾。

 グレイス達に刀を向け静かでありながら、感情が込められた物言いで話す。


「これが俺のイクス、ヤマトだ。光を解き放ち闇を払う、まるで英雄みたいな力だな? グレイス・レルゲンバーン」


「随分な皮肉だ……だが俺は英雄じゃない、残念な話だがな」


 誰にも聞こえないほどの小さくぼやいたその言葉の重みは凄まじいほどだった。


 グレイスがそうしていると、ニンバスが健吾の前に立ち健吾に対し正面から突っ込む。


 光の刀と炎の拳が打ち合う姿は圧巻とも呼ぶべきものだった。

 グレイスですら実戦では見たことのない魔術同士、異能力同士の戦いは熾烈とも呼ぶべき状況まで至る。


 彼と同い年のように見える潤や、ニンバスよりも実績をあげていたグレイスも二人の戦いには割り込めずにただただ傍観することしか出来なかった。


 入りたくても入れない戦力の拮抗した、二人の戦いが十五分も行われる中、敵方の拠点から再び近寄ってくる人影がいた。


「はあああ!!」

「うおおおおお!」


 二人の叫びが何も無い大地に響く中近寄ってくる男に気づいた潤は、せめて二人の間に入らせまいとその影に立ち向かう。


「待て、潤!」


 グレイスの制止も聞こえず、両手に持つ二つの剣から炎と氷を出す潤。

 その力を人かどうかでさえもわからない者に放った。


「どりゃあああああ!!!」


「…………」


「!? うわああぁぁぁ!!」


 刹那。ようやく男だと体つきで判別出来るほどまでに近づいた人影は、右手に持っていた機械的な剣を使って、簡単に潤の攻撃を振り払った。


「なんだこいつ!?」


 すぐに潤の懐に飛び込み隙を突こうとする男。


「━━━━━━━ッ!!」


 空に作った大剣を名も知らぬ彼に飛ばし潤から離れさせる。

 尻から地面についた潤の目の前に庇うように立つグレイス。


 すると、大ぶりな剣をかわした男がグレイス・レルゲンバーンの顔を見る。


「おい、お前」




 グレイスは見覚えのあるその顔に絶句した。何故ならその男は。




「ニルヴァーナ……ニルヴァーナ・フォールンラプス!?」




「よお、グレイス。随分と久しぶりじゃないか」




 彼の目の前に立っていたのは"あの時"失った友、その者だった。




 何故、"彼"がグレイス・レルゲンバーンの目の前にいるのか。




 その真意は五年前にまで遡ることになる。



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