015. 昔あった君に 其の二
「全く一体なんだってんだ」
この場で会話している三人ともヴィクトルの事は苦手であった。
「あのヤローの為にやってねーっつの。それに、アイツは二位だぜ? ニルヴァーナの方が上じゃねーか!」
その中で特に苦手、嫌いとしていたのはニンバスだった。
自身が一番だと信じて疑わず、自分に不利な情報は全て聞き流すような彼にとてつもない嫌悪感を表すニンバスは二人にヴィクトルの愚痴をぶつける。
「アイツ俺は苦手、いや嫌いだな! ニルヴァーナ、お前はどうよ?」
「俺も苦手かな、何でも自分の為に周りがやってると思ってそうで。グレイスは?」
「好きかと言われればノーと答えるくらいだな」
彼への気持ちをオブラートに包んで皆に話すグレイス。
そんな彼やニンバス、ニルヴァーナの下に別の人がやってこようとしていた。
「やあ三人とも、元気しているか?」
「マルハリサ准尉!」
「お疲れ様です! どうされたんですか?」
急にやって来た上司に驚き、焦る三人。
塹壕隊の指揮を任せれている非魔術師、カンデラス・マルハリサ准尉は当時の彼らにおいては階級など遥か遠くに思えるほどだった。
「どうされたも何も、俺も今の今まで飯食ってたんだよ。そしたら何やら人一倍楽しそうに喋っているお前達を見つけた訳だ」
「あ、あはは……どうも」
その会話の内容が他人への陰口のようなものであると知られたくなかったニンバス達。
今にでも顔に出そうなくらい自分に嘘をつけないニンバスは、この状況をここはなんとかして乗り切ろうとしていた。
「マルハリサ准尉はこれからお暇ですか?」
手汗が滲み、一か八かの賭けで彼に問うニンバス。今ここだけでも上司は避けたいと願うニンバスをよそにマルハリサは答える。
「残念なんだかなあ、これからデヘール大尉と明日の進撃の会議だ。お前達ともっと親交を深めたかったんだけどな」
ニルヴァーナの左肩に腕を置き喋るマルハリサ。それを聞いたニンバスは安堵するかのように喋る。
「そうなんですか! ……あーよかった」
「ん、なんか言ったか?」
「いえ何も!」
心の声が漏れたニンバスに気づきかけたマルハリサ。それを慌てて隠す彼に二人は既に呆れていた。
「あーそうだな、お前達! 訓練校出てからまだ日も浅いし、実戦経験もここだけだ。ただどんなことよりも忘れてはいけないのは、飯食うことだ! 分かったか?」
「は、はぁ」
その圧にはいとしか答えられない三人は言わされるがままに言う。
「よし、では行ってくる! お前らも頑張れよ!」
そういいながら激励を送るように腕を置いていたニルヴァーナの肩を二回叩く。
他人への熱意を忘れない彼もまた、部下に信頼されていた。
「ふぅ〜危なかった」
「危なかったは危なかったけど、どうするんだ? 明日だって明後日だって会うのに」
そうやって今喋っていたことを、どうやってバレないようにするかをニンバスに聞いたグレイス。
「そん時には忘れてるさ!」
漠然とした返答が帰ってくるあたり、何も考えていないんだと確信した二人。
平和な空気は戦時中の兵隊の食堂にも流れていた。
外にたてつけられたトイレに向かい便を済ませたニルヴァーナ。
夜の風に吹かれながら彼はグレイス達と共同の寝室に向かっていた。
やはり夜は寒い。そう思いながらふと、下を見ると靴の紐がほどけかけていた。
敵はすぐ目の前、それでもゆったりとした空気の中、彼は靴紐を結び直す。
すると、左の胸ポッケから紙がひらりと落ちた。
「ん?」
四つ折りにされたその紙に気付いたニルヴァーナは靴紐を直した後、それを拾う。
開くとそこには自分への手紙だという証明があった。
渡された記憶など持ち合わせていないニルヴァーナは、数行しか書かれていないその小さな手紙を読んだ。
「ニルヴァーナ・フォールンラプスへ。午前一時に本部の地下、第六部屋へと来るといい。きっと嬉しくなってしまう。C.M.より……なんだこれ」
頭文字をとったようなその名前をぱっと思い出せるわけもなく彼は手首に巻かれた時計を見る。
針は十二時半を指していた。約束の時間までまだ余裕があると考えていた彼はそこに向かうことを決断する。
嬉しい、というんだからきっと何かのパーティを上司に隠れてやるだろう。自分も呼ぶならグレイスやニンバスも誘われているだろうとひとりでに考えていたニルヴァーナ。
そう決めると、彼は足早に寝床とは逆の方向へと向かっていった。
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