007. 彼と彼女に
二泊三日、ホテルで就寝し彼女の家に向かうという事を二回行い、二回目の夜に現地へと戻る。そのための三日間、グレイスへの興味を思いっきり解放させたいように見えるアイリーン。
彼女はその旨をグレイス本人に伝えた。
「……どういうことです?」
いまいち趣旨が理解出来ずにいたグレイスは彼女に再び問いかける。
「これはグレイスさんの興味を惹かれる所を見つける為の三日間です」
「なるほど」
正面から彼女の目を見つめるグレイス。
「そ、そのためには、まず色々な所に行きましょう!」
頬だけじゃなく耳まで赤く染め上がった彼女はグレイスの顔から真反対に振り向くアイリーン。
緊張しているのかそうでないのか分からないがグレイスにとって意味不明な言葉を発しているのは確か。
ただ、その思いはグレイスの中に通じていた。
その言葉のあとただただ黙り込んでいたグレイスにアイリーンは困惑している表情を見せた。
グレイスはその間に答えを導く。
「そうですか、では少ない時間ですがどうぞよろしくお願いします」
「え、あ、よろしくお願いします!」
急に喋りだすグレイスに再び困惑するアイリーン。
グレイスは彼女のたった一言に秘めたる意思を少なからず感じていた。
それはあの時見た瞳に似ていた。
それから一日はずっと歩き回っていた。アイリーンが良さそうな服を見つけては店内に入り、財布との相談をする。
倹約家なのか迷った挙句殆ど買わないことが多い。今日は店に入った回数の割には一着しか買わず、日が暮れた。
グレイスとアイリーンは公園のベンチに座っていた。二人の間に買った服を入れた袋を置き、休んでいた。
「楽しかったですか?」
「はい、休日はあまりないもので」
三日も休みを開けた彼女に何が出来るか、グレイスの中ではそれに対しての答えは普通の休日を過ごすことだった。
「私が忙しいということ、知ってらっしゃてたんですか?」
「あちらでも聞けるラジオに出演してたのを聴いていましたので」
彼女に自分と過ごして逆に疲れを感じさせるなど言語道断だと感じていたグレイスはなるべく自分とアイリーンにとって楽な休日にしたかった。
「今日は感謝することばかりですね」
「当然のことをしているまでですよ」
アイリーンの多忙さを気遣ったグレイスは謙遜してその言葉を返す。
「あの、何故見合いを受けたんですか?」
「自軍の後ろ盾があるのに断るほど、頭は悪くありませんよ」
自虐を含め彼はアイリーンの質問を打ち破る。
度々会話が途切れる二人。次に口を開いたのはグレイスだった。
「アイリーンさん、は何故自分を選んだんです?」
親が選んだ、と言われればそれまで。ただ彼女自身も自分に興味があるように見えたグレイスはアイリーンに問いかけた。
「今日こうやって会う前から興味以上の存在、だからです」
何気なく聞いたあと、返ってきたその言葉にグレイスは少なからず驚きを見せる。
言葉が終わりその意味に気付いた後、すぐさま横を見るグレイス。彼女もその意味に気づいた様子を見せ、夜の寒さと共に頬を赤らめていた。
「自分はあなたに好かれるような存在じゃない、そう言ったはずです。なのに合う前から興味以上の存在なんて、失礼ですがどうかされてますよね?」
彼女の意味不明な思いを踏みつけるように意図を聞くグレイス。好きなタイプの範囲が広いのか、好きになったのが生まれて初めてなのか等、ありとあらゆる非科学的なものを含めた可能性を考える。
「単純に、一目惚れ、なんです」
人は新しいものに触れた時や大切な何かを失った時に運命を感じている。かつての親のような存在にそう教えられたグレイスはその運命に直面していたと自身でも感じていた。
「何かの冗談では?」
「冗談なんかじゃないです! 話すだけで胸は締め付けられますし、道を歩いてるだけでも貴方のいい所は沢山見つかります! あ、何言ってんだろ私……」
新しいもの、他人からの純粋な愛を受け取るという、人生で最も新鮮な経験を食らってしまったグレイスは口を開き呆然としているような表情を見せた。
グレイスの方を見ず、自分の指で指を遊ばせているアイリーンは目だけでグレイスの表情を伺うような動作を行う。それに気づいた彼はベンチから立ち、彼女にこう言う。
「とてもありがたい話ですが、今この場で答えられません」
どうして、という顔を魅せる彼女の顔もまともに見ずに続ける。
「この出会いの名目は見合いです、のでつまり……」
今までの人生の中、珍しく言葉を詰まらせるグレイスは次の言葉が出ているのに口に出せずにいた。
「今後を考えるとなると、その気持ちに今は答えることは出来ません」
「そう、ですか」
悲しげなトーンで喋るアイリーン。彼女の気持ちを傷付けるような真似をしたグレイスは自分の中での均衡を保てずにいた。
戦争という殺し合いの世界の中でしか生きてこれなかったグレイスは、他人からの深い想いを貰わずに生きてきた。
要らない、理由が無い、意味が無い。自分にそう言い聞かせて空っぽの心の中に嘘と戦意だけを埋め尽くさせる。
二度と友を失いたくない。その一心で仲間とも付かず離れずの距離を保っていたグレイスに、ノックもせずいきなり入り込んできたアイリーン・グリーンフィールドという存在にグレイスは抵抗することも出来ずにいた。
彼女の意思はその一言一言に垣間見えている。それに気付き、気付いた上でそれから逃れようとするグレイスにアイリーンは悲しんだような口調から一変、彼にこう言う。
「でも、いずれかは返答を下さいね」
「ああ、勿論ですとも」
一刻も早く彼女と喋り終えたい。早くこの場から離れないと彼女に弱みを見せることになる。それだけは避けたいグレイスはその言葉だけで、二人の間にある袋を持ち彼女に家に向かおうとしていた。
それからというもの、帰り道は一言も喋らずにいた。グレイスは彼女の顔を見ずずっと反対の方向を見ようとする。アイリーンも下を向きずっと考え込むような行動をしていた。
彼女の家に着いた途端、グレイスはたった一言。
「また、明日」
そう言っただけでホテルへ向かおうとしていた。早歩きでとっとと寝床につきたいグレイスの後ろ姿にアイリーンが大きな声で叫ぶ。
「あの、今日はありがとうございました! また明日もよろしくお願いします!」
その言葉を聞いただけで益々歩くスピードを上げるグレイス。
一度後ろを振り返り自分が見えなくなるまで見ているアイリーンを見付け、小っ恥ずかしくなりすぐに前を向く。
それからというものグレイスはホテルへ辿り着くまで一度も後ろを向かなかった。
あの真っ直ぐな瞳に見覚えのある彼は、ことある事に彼女の姿を重ねていた。
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