006. 深緑の瞳


 朝方、彼は飛行機から降り検問を抜けて空港の入口にいた。手荷物で済ませた小さなボストンバッグを左肩に肩掛けタクシーの列に並ぶ。


 クライヴの指示により見合いをする羽目になったグレイスはその出立の日程を伝えられずに話を終えた。

 翌日、日時についての行き違いが発生したのか、話のをしてから二日後ということを聞いたグレイスは大慌てで準備をし、夜にアリアステラ戦線を発った。

 その間はニンバスが前線指揮、第一分隊の臨時隊長はグルニアとなり、アリアステラを守っていた。


 束の間の休暇、という訳にもいかず彼にはある試練が待っていた。

 大企業の創設者、その愛娘との見合いをする羽目になったグレイスは断るわけにもいかず国連本国・旧アメリカに来ている。


 殺せば殺すほどバッジが貰える世界に5年も居座るとそこが故郷となり、そこが基準となる。

 このような場所に来ると戦場と違い平和過ぎるせいか、心の中で均衡が保たなくなってしまう気がするグレイスは、さっさとその政略結婚を断り戦場へと戻りたいがために行動していた。


 車を捕まえ、荷物を横に置き乗車。運転手に行き先を教え、冴えない顔をしながら肘をかける。

 三年前、同じように空港を降りたグレイスは車を用意されていた。


 それこそ、バッジを貰いに行った時。どこで活躍しているかも分からない、見ず知らずの中年の小肥りに渡されたあの時。

 国連議会のお偉いさんに「英雄的魔術師賞」などというふざけた名目のもと、バッジをグレイスは頂戴していた。




 グレイスの為だけに作られたそれはそれ以前もそれ以降も渡される事はない名誉。なぜそんなものをグレイスは渡されたのか。

 それは五年前、戦争当初にあった。





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 彼は一等兵としてアラスカ上空にいた。

 機内は数十といる魔術師がいる中全員が全員緊張で静まり返り、座っていた。耳打ちをするような小ささでの会話はあるもエンジン音で気にならななかった。


 そんな静寂を打ち破るように一人の女性がこう言い放つ。


「たった今から君達は戦場へと向かう、私が言いたいのは一つだけ」


 次の言葉は貯めに貯め全員の注目を一心に集めてから言った。


「……夕食の時に顔を出しなさい」


 そうやって不器用な言葉でフェリス・デヘール大尉は激励する。魔術師しかないなかった軍用輸送機内には何を言ってるんだ、という意味での笑いが聞こえていた。


 彼女、フェリス・デヘール大尉はあの作戦の時の前線指揮官。心が広く、誰にも分け隔てなく接する。くすんだ緑の瞳の奥にある熱意によって他の魔術師からも信頼は厚かった。

 あの作戦の後、どこへ異動となったかはグレイスは知らなかったが、死んでいることは確かだった。


 彼女の言葉が発されてから数分後、機体後尾についたカーゴドアが開く。

 降下作戦を重宝しなかった国連軍はその重要性を他の物にあて、訓練校での演習を行わせなかった。直前の会議のみで本番を迎えたグレイスは緊張よりも失敗した時の不安の方が勝っていた。


 あの作戦で初めて顔を合わす魔術師や訓練校からの仲間がグレイスの周りにいた。ニンバス・インディルもその一人でドアが完全に開くとグレイスの右肩に手を置き口を開く。


「やってやろうぜ」


「勿論!」


 グレイス自身でも、あの頃はまるで今の潤のように何物にも染まっておらず、戦争で活躍し名を轟かせ仲間に勇気を与えることに胸を馳せていたと、そう思っていた。


 次々に仲間の魔術士が降りていく中、グレイスの番がやってくる。

 外から入ってくる強風がグレイスをうちつけ降りることを拒むように足を下がらせていく。

 手摺りに掛けられたハーネスの紐を握り締め風によって震えているように見える重い足を一歩、もう一歩と歩き始め右足の半分が出た瞬間左足を大きくあげ天高く舞う。

 彼は地上へと降りていった。






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 目を開け時計を見ると数十分が経っていた。

 仮眠をしたことに気づいたグレイスはタクシーの窓の外を見渡す。

 もうすぐ目的地。見知らぬ場所を一通り見てからそう確信したグレイス。


 持ってきた軍宛の資料に少し手をつけていると目的地につき、運転手に賃金を渡しすぐ横の扉を開け外に出た。


 完全な安全地帯の中、一人暮らしを始めたと言う彼女の一軒家に辿り着いたグレイス。

 正しく富裕層だということを確信した彼は柵の横に付いたインターホンを押す。

 そこから声が聞こえる訳ではなくその彼女は真っ先に家のドアを押し開けてきた。


「初めまして」


 少しウェーブのかかったハーフアップの茶色い髪の毛、エメラルドの様な輝きを放つ瞳に女性らしい服を着こなしたその女性こそ見合い相手、アイリーン・グリーンフィールドだった。


「やはり、写真で見るよりも綺麗ですね」


 社交辞令とも言えるべき挨拶代わりの褒め言葉をグレイスが言う。


「ありがとうございます」


 すぐさま感謝を伝えるアイリーン。さっさと断りを入れて帰ろう、そう考えていたグレイスは彼女の性格を掴みきれていなかった。


「狭いですが、よければ」


 そう言いながら彼女はグレイスを家に上がらせる。変な場所で機嫌を損ねても困ると思い、グレイスは彼女の招きに乗った。


 ひと目でわかるくらい一人暮らしするには勿体無いほどの広さの家に住む彼女。今は身分を隠し、公の場に出て歌手をしているらしい。

 これ程の美女を未だ意識もせずグレイスはこのあとの予定を聞いた。


「これからどうするんですか?」


「あ、えっと…」


 アイリーンは考え込む様子を見せグレイスの方をチラチラ見る。


「グレイス、でいいですよ」


「では、私もアイリーンで」


 呼び名を迷っていたことに気づいたグレイスはおしとやか、かつ活気のあるアイリーンにそう伝えた。


「お任せしたいな、なんて」


 男を立てていくような発言をするアイリーンにグレイスはこう言う。


「では、道中に見つけたカフェでいいですかね」


「わかりました!」


 行く場所が決まるとなると喜び、グレイスの目を見てくる。グレイスから見ても明らかに興味を持たれている様子だったのは見て取れていた。




 昔ながらの景観と店構え、店内の内装、その中で私服のグレイスとアイリーンは自己紹介をしていた。


「改めまして、アイリーン・グリーンフィールドです」


「グレイス・レルゲンバーンです」


 お互い名前を言い合うとその次の言葉を言ったのはアイリーンだった。


「すいません、色々忙しいような時にこんなこと……」


 こんな、とはこの見合いのことだろう。彼女も見合いに反対的だったのは明らかだと気づいたグレイスは言い返す。


「いえ、今は落ち着いているような感じでしたし構いませんよ」


 言っている間、終始申し訳なさそうにするアイリーンにそう言う。


「私、グレイス……さんに興味があるんです」


  未だどう呼べばいいか迷ったアイリーンは単純な気持ちをグレイスにぶつけてくる。


「自分に興味を持たれる所など、ひとつもないように思えます」


 そう言われてもあえて自虐的に進むグレイス。


「そんなことありません」


 自信を持って、と言いたげなそのトーンの言葉にグレイスはアイリーンの顔を伺う。


「例えば……どこでしょうか?」


 そう問うグレイスにアイリーンは黙る。

少しの間をあけ、気持ちを落ち着かせたような動きを見せて彼女は答える。


「そのための、三日間です」

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