第2話 魔法

「あなたがミリア? 怠けたら鞭で打つから、真面目に働くのよ。それから、奥様達の目に触れないように。あなたを見ると、奥様達が不快な気分になられるから」


 母が亡くなってから、ミリアはお屋敷に連れてこられた。旦那様は王都に居て、一度も会った事がない。屋敷には、奥様と坊っちゃまとお嬢様。それに数え切れないほどの使用人がいる。


「水汲みが終わったら、薪を運ぶのよ」

「はい」

「さっさとやんなさいよ、この愚図」

「申し訳ありません」

「いつまでかかってるの? 今日はご飯抜きだからね」

「はい」

「汚ったないわね、こっち来ないで。ああ、臭い」

「申し訳ありません」


 ミリアが話して良いのは、この二つの言葉だけ。それ以外に何か喋ると、鞭で打たれる。



 夜明けから真夜中まで、仕事が終わらない。朝パンを一つ貰ったら、夕食まで何も食べられない。夕食はパンとスープが少し。その夕食も、時々無くなる。

 お腹が空いて我慢できなくなると、夜こっそり庭で野草を探して、飢えを凌いでいた。



 お屋敷に来て、2年が過ぎた。


 旦那様はアバディーン侯爵ジョージ・オルグレン様。奥様の名前はメリッサ様。坊っちゃまはロバート様で11歳、お嬢様のグレース様は9歳でミリアと同い年。

 最初の日にお会いした、茶色の髪と青い瞳で睨んでた人が奥様。坊っちゃまとお嬢様は、遠くからお見かけしただけだ。


 旦那様は宰相をされていて、殆ど領地には帰ってこられない。領地の差配は全てスチュワードが行っている。奥様達は社交シーズンになると、王都へ出かけて行く。


 3年ぶりに旦那様が、王都から帰ってくると連絡が来た。


 使用人達はみな、大掃除で忙しくなった。タペストリーや絨毯を、庭に出して埃を払う者。暖炉や煙突の掃除をする者。窓ガラスを磨き直し、テーブルクロスにアイロンをかけ、銀器を磨き直す。

 ミリアは真夜中過ぎても、1人仕事をしていた。



「明日の仕事は休みなさい。食事は運んであげるから、部屋から出てはいけません。分かりましたか?」

「はい」


(漸く休める。一日中寝ていても、怒られないなんて。後で図書室から、こっそり本を借りてこよう)



「どん!」

 部屋のドアを誰かが蹴ったらしい。ミリアがこっそりと覗いてみると、潰れたパンが床の上に落ちていた。


(今日の朝ごはん)


 飲む物がないから、少しずつ時間をかけて食べる。窓の近くに木箱を移動して、毛布を被って本を読んだ。


 つい最近知ったけれど、この世界には魔法がある。


 蝋燭がなくても灯りが使えたり、洗濯できなくても洋服や毛布が綺麗にできたり。

 ミリアが今一番知りたいのは、水魔法だろう。喉が渇いてたまらない。


 ミリアが持ってきたのは“初級魔法” の本で、一番初めに試したのは【ライト】

 夜遅くに繕い物をする時、獣脂蝋燭をつけているが、煙が凄くてとても酷い匂いがする。


(魔法はイメージが大切だって、この間の本に書いてあったわ)


 体の中の魔力を意識する。本に書かれていた呪文を詠唱し、明るく光るランプをイメージした。


「ついた! でも、ちっちゃすぎるわね」


 ミリアは、本に書かれている魔法を、次々に試していく。

 綺麗な毛布【クリーン】

 コップに入った水【ウォーター】

 落ち葉を燃やす【ファイア】

 洗濯物を乾かす【ウィンド】

 オークの木に落ちる【サンダー】

 腕の切り傷が消える【ヒール】


 どれも、ほんの小さな現象しか起こせなかったが、ミリアはとても嬉しかった。夜になっても食事は届かなかったが、ミリアは全く気付いていなかった。

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