戦う女神の愛し子 仲間と共に駆け上がる

との

幼少期

第1話 屋根裏部屋

 大きな屋敷の外れにぽつんと建った小さな家で、ミリアは母と暮らしていた。周りはオークの巨木に囲まれていて、木登りはミリアのお気に入りの一つだ。


「ミリア、チュニックが破れないよう気を付けてね」


 高いところまで登ると、林の向こうに大きな池が見える。時々ボートが浮かんでいて、男の人や女の人が乗っている。男の人はいつもオールを持って、ボートを漕いでいる。女の人は傘をさして、見た事のない綺麗な洋服を着ている。


「どうしてボートは水に浮かぶの?」

「女の人は、どうして傘をさしてるの?」


 家の横には柵に囲まれた畑があり、キャベツや玉葱、インゲン豆など様々な野菜を育てていた。週に一度、家の前にライ麦や大麦が置かれていて、パンやエールを作る。

 偶にチーズも置かれている。


 秋はドングリ拾い。拾ったドングリはパンに入れるので、大切にポケットにしまう。

食べられる野草、毒のある植物。家の周りを散歩しながら、母が教えてくれた。


「これが岩ミツバ。こっちが西洋イラクサで、葉の裏に棘があるから気を付けてね」

「あれはベラドンナ。目が大きく見えるように、果汁を目に入れる人がいるけど毒なのよ」



 蝋燭はとても大切だったので、普段は囲炉裏の明かりで暮らしていた。日の出と共に目覚め、母の手伝いをする。夕食の後は囲炉裏の側で、母が色々な話をしてくれた。


「6月はオークの月って言うの。古代ギリシアでは、人はオークから生まれたって言われているの」

「オークの花が咲くと、雷が鳴るの。ギリシャ神話で、神々の王と呼ばれているゼウスの武器は雷なの」


 囲炉裏の灰や木の板を使って文字を、端切れを使って裁縫を教えてくれた。


 家の前には、一本の細い道がある。その先はお屋敷に続いているそうだけど、母に禁止されている。


「お屋敷には、絶対に近づいちゃ駄目よ」


 外の世界は見た事がないし、ミリアは母がいれば幸せだった。お天気が良ければ、木登りや山菜摘み。雨が降ったら、家の中で母と歌を歌う。洋服が濡れたら、乾くまでシュミーズでいれば良い。


 母との約束を破って、ミリアは一度だけお屋敷の近くに行った事がある。茶色い石で出来た大きなお屋敷だった。窓が沢山あって、お屋敷の前にはいっぱい花が咲いていた。


「凄い。こんなにたくさんのお花、見たことない」


 誰かに見つかったら大変だ。多分あそこには、ゼウスの妻のヘラみたいな怖い人が居るから。

 ミリアにとっての楽しい事は、小屋の周りにたくさんある。時々チーズが食べられるし、この間は野苺を一杯見つけたし。



 7歳の時、母が亡くなった。



「今日からここがあなたの部屋よ」


 三角の天井と、小さい窓。雑多な物が所狭しと置いてある。薄暗くてよく見えないが、大小様々な家具や沢山の木箱が置いてある。

 ここは屋根裏部屋で、普段使わない物や不用品を仕舞っておく物置のようだ。


 入り口の近くに、古びた毛布が一枚と擦り切れた洋服が置いてある。


「そこが寝床、枕は別に要らないでしょう? 

朝はお日様が出るまでに、顔を洗って厨房へ行きなさい。何をすれば良いかは、そこにいるコックかメイドに聞いてちょうだい。分からないことがあれば、家政婦長のミセス・エバンスに聞くこと。口答えは許しません。分かったかしら?」



 母が亡くなって、一週間が経った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る