番外編その2 サミュエルの悩みが消える時 サミュエル視点(1)

 俺は幼い頃から、人並みの恋なんてできるはずがないと思っていた。


『坊ちゃま、初めての舞踏会はいかがでしたか? もしや、素敵な方が見つかりましたかな?』

『ううん爺や、見つかっていないよ。色んな人とダンスをしたけど、そういうことは特になかったよ』


 決して女性に興味がないわけでも、人間不信なわけでもない。孤独を愛しているわけでもない。ちゃんと、好みのタイプだって存在している。

 なのに――。どういうわけか、異性を好きになることができなかった。


『サミュエル。キリファイン公爵家のシーナ嬢はどうだった?』

『心は清流のようで、安心して話すことができました。彼女は、とても素敵な方です』

『そうかっ! 実を言うとシーナ嬢は、お前に興味を持っているそうなのだよ! では――』

『いえ、すみません父上。本当に素晴らしい、魅力溢れる方なのですが……。やはり、異性としての好意が芽生えることはないようです』


 相手がどんなに素敵であっても、それ以外の感情が生まれはしない。一緒に居たい、生涯過ごしたいと思えることは、一度もなかった。


『…………はぁ。どうにかならないものかな、俺の感情は……』


 そのため昔からずっと、これが口癖。

 俺はファリュスト家の次期当主で、絶対に子孫を残さなければならない。だからどんなに気が乗らなくても結婚しなければならないのだが、そうなると、好きでもない女性と結婚しなくてはならなくなってしまう。


『…………このままでは……。相手を不幸にしてしまう……』


 世の中には、政略結婚というものがある。故に愛のない結婚はしばしば発生しており、貴族界では比較的『よくある』こと。

 だが――俺は、よくは思わない。

 自分がそうだから分かるのだけれど、



 興味のない相手と過ごすことは、非常につらいこと。



 俺の相手はそんな経験を、生涯――何十年としなければならないのだ。

 それだけは、回避しなければならない。そのためには、異性として愛せるようにならないといけない。


 けれど、どうやってもできない。


「…………はぁ。どうにかならないものかな、俺の感情は……」


 その日もとある令嬢との食事会があり、いつものように成果はなし。同じくいつものように帰りの馬車でひとりごちていて、


「坊ちゃま。この近くには、ロンド湖がございます。そちらで少し、休息を入れられてはいかがでしょうか?」

「……そうだな、ありがとう爺や。そうしておくよ」


 そうして俺は、昔から好きな場所に降り立ち――。

 まもなく、その人生は大きく変わることになるのだった。

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