Single bells

 いつかのメリークリスマス。

 この歳になって初めて、この曲を作ったヤツを天才だと思った。



 子供の頃から流行曲は好きじゃなかった。飾り時計を鳴らし、家中のオルゴールを早回しにして聞くのが好きだった。

 見かねた親父がいつかの誕生日に、当時の流行歌を詰め合わせたテープを渡してくれたことがある。だけど、タイトルを見返してもメロディラインすら朧げだ。

 しばらくして反応が芳しくないのを見て取った親父は、確か車の中だった、こんなことを言った。

お前は曲が心に残る状況がまだ無いからなぁ。



 あれから十年以上経ち、家族の誰とも一緒に住まなくなって。

 いつしか冬の一番好きな曲が「いつかのメリークリスマス」になった。

 JASRACに潰されてしまう前に作られた、誰かの神がかりな出来栄えのMIDI。電子のオルゴール音が、パソコンの小さなスピーカーから鳴り続ける。

 悔しい。悔しいくらいにこいつら凄いと思った。

 あの時親父が言った言葉の意味が、ようやくわかった。

 歌詞とは似ても似つかない、ほんのわずかな恋の記憶。そんなものでさえほら、こんなにも孤独を感じさせる。

 ありもしなかった、幸せなクリスマスの記憶を思い出させる。

 たった数フレーズと想いの一致が、身体を電飾の森に飲み込んでしまう。


 恋人になってくれるなんて絶対に無いと知っていた――だって彼女には思う相手がいたから。

 それでも。

 講義に出て、サークルに行き、たわいもない話をする。そんな今の関係さえ失われることが、怖いと思った。

 惜しいでも悲しいでもなく、怖いと思った。


 エンドレスに鳴り続けるスピーカーに向かって、俺は再び指を動かす。

 もう10年後の今ごろも、俺はこうしてパソコンに向かって文章を打っているんだろうな。

 仕事で友達も呼べなくなり、あのときより格段に冷たくなった世間の目と、既に家族を持った弟と親戚の目に耐え切れず、どこかのワンルームで独り、幸せだった過去にしがみつきながら。

 まぁいいさ、世の中の数えるのも飽きるほどいる独身男、その一人になるだけだ。これからの人生なんて、何もかも失いながら、22年間借りた『人生の楽しみ』っていう借金を返すだけさ。

 外れようの無い未来予知をして、指を動かす俺のそばに、気づけば誰かがいた。

 訪ねてきたのは、12月3日。

 傍らに、11月24日を伴って。


 ――今年も、クリスマスが来る。

 そう思ったのは、そんな冬の始めのことだった。

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