いつかのメリークリスマス

 11月24日は、俯いたまま喋りだした。

「月が違っても、同じ日同士は仲がいいんです。私は、他の日より彼女に近しいと思ってます……自分では」

 声に、憤りが混じっていた。

 だからお願いしますと、11月24日は続けた。

「ちゃんと12月24日を12月24日と呼んであげてください。あの子はクリスマスなんかじゃないんです」

 今度は12月3日が前に進み出た。

「12月24日は優しくて臆病だから、自分じゃ何も言わない。本当は25日が何とかすればいいのに、あいつはいつも祭りの後みたいに気が抜けてやがるから」

 12月3日は、物を頼むとは思えないほど腹に力の入った声を出した。

「あいつをクリスマスなんて呼ばないでやってくれ。クリスマスは12月25日だし、12月24日は12月24日以外の何物でもないんだ。特別でないただの一日なんだよ。あいつをちゃんと見てやってくれ」


 そんな始まりをする、誰かのお話を映したスマホから少し目を離し、外の雪空へ顔を向ける。

 温い部屋の中に、歌が聞こえる。

 降りしきる雪の中上を向いてもあの空は何も教えてはくれない。

「何故、なの」

 本当に、教えてくれないんだね。


 ――初めてキスをしたのは6歳のクリスマス。

 テレビドラマの真似をして。

「あいしてる」

「あいしてるって、なに?」

「わかんないけど、あいしてる」

「じゃあ、あいしてる」

 大人たちには内緒で、ツリーの影に隠れてキスをした。

「……ねぇ、10年後のクリスマスも、いっしょにいられるかな?」

 それが、最初で最後のキスになるなんて。


 雪は、いつもと同じように降っている。

 黝い空から、白い固まりが、雨のように斜めに降り注いで。

 でも窓に近づくと、どの固まりも、波にのるように揺れているのが分かる。

 決して一直線じゃない。

 ――でも、いつかは落ちていく。

 クリスマスの時に降る雪は、ホワイトマジックといって奇跡をよぶ力があるんだって。

 でも……それは嘘だ、って思う。

 だって、雪の降る場所だけが奇跡をもらえるなんて、不公平じゃない?

 いつも雪の降る町は、絶対に奇跡から漏れることがないってことじゃない。

 決して雪の降らないこの街は、絶対に奇跡から漏れるってことじゃない。

しょうがないことなのかな。

 たまたま、生まれる場所がよかった悪かった。それだけのことなのかな。

 恋の、始められる時点のように。

「……う……」

 想い出の数だけ幸せになれる。

 そう信じているから、みんなは想い出を作ろうとする。

 友達は遊んだり、恋人はデートしたり、家族は出かけたり、親子は寝顔を眺めたり。

 古いものを少し忘れても、たくさん詰め込んだ方が幸せ。

 想い出の数だけ幸せになれる。

 じゃあ、大切な一つの想い出を、ぼろぼろになるまで読み返すことは間違いなの?

「……うぐっ……」

 同じCDを聞き続けて、カラオケに行ったとき、歌う曲に困ってしまうように。

 たったひとつの好きを、好きでいつづけることは間違いなの?

「うぐっ、うう……」

 愛せる人なんて、そう簡単に見つかったりしない。

 そう思って今までしてきたことは。

 ムダだったって言うの?

 どんなに問いかけても。

 あの人は、もう二度と、私のキス相手にはならない。

 その理由を。

 あの空は何も教えてはくれない。

「何故、なの……」

 二十歳を越えたっていうのに、ボクは窓に向かって泣いていた。

 ああ、何十年も夢を追い続ける人はかっこいいのに。

 どうして今のボクは、こんなにカッコ悪く見えるんだろう。

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