蒼穹子午線
蒼穹が、弧を描くために必要な基準線。
それが、この蒼穹子午線だ。
いまその上に立って、思い返してみる。
思えば数限りない「消してほしい」願いに手を差し伸べてきたなと。
仇を、とヘルメットいっぱいの水を報酬に差し出してきた、熱帯の少年兵の。
商売敵を、と金塊をボートいっぱいに積んで懇願してきた、鉱山主の。
白亜の聖堂を、と自分の血を代償に望んだ、人をやめた少女の。
そこまで考えて、ふと苦笑する。
それでも……自分はきっと、貧乏人を助けた数のほうが多いだろう、と。
今回の一人が、その心地よい天秤のバランスを崩さなければいいが。
自分の為す、最後の仕事の依頼書を広げて、この空の空にかざす。
わたしを、けしてください、と一行。
「ずいぶんな依頼だな、しかも報酬は想像もできない、下手すると数限りない怨嗟の声になるときた」
目の前で依頼主に堂々と愚痴をこぼす。
「いいかい、あんたを消すだけなら簡単だ。だがあんたが思うとおり、この世から痕跡を消してほしいとは、途方も無い大仕事だ」
この程度で気を立てるような相手でないことは、十分に承知している。でなければ他人に末期を頼まねばならないほど永きに渡って、存在し得なかっただろう。
だからこそ、示された報酬は破格の条件だった。
「どれほどの相手に干渉しなければいけないのか、想像もできない」
いや、掛かる手間を考えたら、破格の安さ、と言うべきかもしれない。
「まあいい、理由なんて聞かないのが主義だ。引き受けようか」
穏やかに青白く光る依頼主を見上げる。
この空の空の上にいる、身の丈3470kmの少女。
銀の妖精。魔の太陽。地上で一番人を誘惑した魔女。
偉大なる地球の恋人は、無い声で、繰り返し依頼を囁いた。
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