第4話 心の脱皮
オーナーは助かったとばかり安どの表情を浮かべた。
「セレスティーノの旦那、こいつを少しおとなしくさせていただけませんかね」
「うーん、今のお話だと、彼の言い分のほうが正しいような気がするのですが……私も一応、騎士の身分ですから相手が奴隷といえども公平に考えないとね」
「なんなら、私が一晩、お相手してさしあげてもよろしいですよ。どんな激しいプレイでもお好きなように」
「よし、それでは私が彼を説得してみましょう!」
セレスティーノはうれしそうに答えた。
「お前には関係ないだろうが!」
俺は、とっさに声を張り上げた。
今コイツに話に介入されると、ややこしくなる。
というか、目の前の豚男とオーナーをぶちのめすチャンスは二度と来ないかもしれない。
だがその瞬間、セレスティーノが俺との間合いを詰めた。
それはアッと今の出来事。
俺がいくらか油断していたとはいえ、まったく反応できなかった。
うっげぇ
俺の喉がつぶれたガチョウのような悲鳴を上げた。
セレスティーノの二本の指が喉仏をさし潰していたのだ。
俺の顎の下に位置するセレスティーノは笑顔でさらにその指を押し込んでくると
俺の体が浮きあがっていく。
余裕の表情のセレスティーノは残った手の人差し指を立て、舌打ちとともに左右に振った。
「チッ! チッ! チッ! お静かに!」
ガハッァァァ
先ほどからうめき声しか出ない俺。
セレスティーノは、豚男とオーナを顎でいざなう。
「後のことは私に任せて、この場はお引き取りを」
オーナーたちはいそいそと店を出ていくが、何かを思い出したセレスティーノによって呼び止められた。
「あっ、レディ! さっきの約束忘れないでくださいね。あとですぐ、お部屋にお伺いしますので、体でも洗って待っておいてください。私、ソープの香りにはうるさいですよ」
「あぁ、わかったよ! 一番のお気に入りで念入りに洗っておいてあげるよ!」
「ふう、行ったか……」
そう言うとセレスティーノは、俺の喉を突き上げている手を下した。
俺は力なくその場に膝をつく。
「ゴンカレエ君、君には感謝しているよ」
せき込む俺は口から垂れ落ちるよだれを手で拭った。
「どういうこどだ……ゼレスディーノ……」
喉をつぶされたせいか声がかすむ。
セレスティーノの口元が俺の耳に近づいた。
そして、誰にも聞こえないようにそっと耳打ちする。
「何、あの女オーナーとは一度、相手をしてみたかったところだったんだよ」
セレスティーノはクククと笑いながら続けた。
「あの女、結構、お高いだろ。弱みでも握らないと凌辱プレーなんて死んでさせてもらえそうにないじゃないか。下手したら俺のほうが犬にされちまうからな。だけど、今夜は、あの女を犬のように這いずり回らせることができるんだぜ。こんな楽しいことあるかい? これも君のおかげだよ」
俺は、いやらしい笑みを浮かべるセレスティーノをにらみつけた。
「ふざけるな! 俺はぞんなことで自由になりたいわけじゃない」
セレスティーノをつかみ上げた。
酒場の目が、つかみあがられたセレスティーノに集まってくる。
セレスティーノの表情がおやおやという顔で俺を見ていた。
しかし、周りの視線に気づいたセレスティーノはすぐさま真顔に戻った。
このまま騎士であるセレスティーノを床に叩きつけてやろうか。
だが、そんなことをしても奴には勝てない。
それどころか、死刑は確定だ。
いや、奴隷である俺が今、騎士であるセレスティーノの胸元をつかみ上げている時点で死刑は確定なのだ。
俺は奥歯をかみしめる。
ぎりぎりと音がする。
今の俺ができることは、つるし上げた奴の目をにらみつけることだけ。
どうせ死ぬのなら、奴に俺という存在が居たことを刻み付けてやりたい。
「俺は騎士に歯向かった奴隷!
ゴンカレエ=バーモンド=カラクチニコフ!
覚えておきやがれ!」
今の俺にできる最後の抵抗だった。
しかし、セレスティーノは微笑むと、そっと俺にささやいた。
「君は純粋だね……」
何を言っているんだ……
俺は混乱した。
「君の瞳はまるで女の子のようにきれいだ」
ドキン!
俺の心臓が大きく波打ったのが分かった。
こんなこと言われたのは初めてだ。
今まで奴隷としてこき使われ、戦い続けてきた毎日。
戦うこと以外に誰にも必要とされてこなかった自分。
そんな俺に対して、きれいだと……
なんだ、この感情……
頬が熱い。
まるで殴られた後のようにとても熱い。
鼓動が高鳴る。
まるで、激しいバトルの最中なのかのように息苦しい。
しかも、体の中心で何かがギュッと絞られるかのように胸を押し付ける。
何だこの技は!
こんな技、今まで経験したことがない!
幾度となく戦ってきたが、こんなにも抗うことができない一撃は今までなかった。
「だからね、君の大金貨200枚の借金を150枚ぐらいに値下げしてもらえるように頼んであげるよ」
本当か……
俺は思わずセレスティーノをつかんだ手を離してしまった。
いや、胸が苦しくてつかみ続けることができなかっただけなのだ。
その瞬間、セレスティーノが酒場の入り口に向かって走り出した。
待って!
俺は、とっさに手を伸ばす。
俺を捨てていくというのか。
また、俺を一人にするというのか!
セレスティーノは振り向きざまに手を振った。
「ヨシ! 処女だと三戦! 性交! また会おう!」
なんだ?
今のメッセージは?
俺に対していったのか?
俺が処女だと三戦、性交?
俺と3回セ〇クスしたかったというのか?
俺の処女を求めているということなのか?
もしかしたら、今日は女オーナーとの約束があるから、次の機会にということなのだろうか?
今まで、こんなに激しく誰かに求められたことはあっただろうか。
誰かにこんなに愛されたことはあっただろうか。
これが恋?
たとえ、それが禁断の恋であったとしても、何の支障があるのだろうか。
空っぽだった俺の心が、今、こんなに満たされている。
俺の存在理由がここにできた。
もう今までの俺と違う!
今までの芋虫のような俺とは、もうさようなら!
私は蝶になるの!
私は、愛に生きていいの!
これからの私は愛に生きるのよ!
私の後ろの処女はもうあなただけのものです! ゼレスディーノさま!
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