蟻蜜

架橋 椋香

蟻蜜

 道を歩いていた。道を歩いていたら、木があった。何気なく生えているだけなのに、通り過ぎるとき、あ、木だ。と再認識するような貫禄、存在感のある木であった。私はなぜ歩いていたのかな、と考え、そうだ、家にいるのがなんか窮屈だったから散歩に出てみたんだ。ということを思い出して、ならばこの木に挨拶でもしていこう、と近寄った。


 木は、やはり普通の、何気ない木だった。表面は老けて皺が走った樹皮に覆われていて、厭なかんじで、でもじっとみていると目が離せなくなるようだった。触れるとふわり、すこし柔らかい。こんなに木をまじまじと視ていたのは子どものころ以来だった。木の表面には這い廻るアリがいた。這い廻るアリは黒かった。


 小学校にいたころ、気になっていた子がの話をしてくれたのを思い出す。アリとハチは近い種類の生き物で、ミツバチがいればミツアリというものもいるのだという。ミツアリというのは見た目は普通のアリだけど、花の蜜をお腹に溜めていて、噛むと甘い汁が出るらしい。食べたことあるの?と聞くと、おれはまだない。と言われた。見たことはあるの?と聞くと、見た目じゃ判らないよ。と言われたのだった。


 思い出していたら、目の前の木にいるアリは、ミツアリかもしれないと思った。思えば思うほど、それはミツアリになった。つまんで食べてみようとおもった。木に這い廻るミツアリの一匹を親指と人差し指でさっとつかんで、つかんだ拍子に潰してしまったので、指ごと外骨格と体液を舐めた。それは甘くなかった。苦くもなかった。蟻の死体はこんな味かな、の味がした。これはミツアリではなかったのだと気づいた。舐め終えても人差し指をしばらくしゃぶっていた。そうしていると霧がすこしだけ薄くなったのだった。他の個体も食べてみようとおもったけれど、すぐに、アリがかわいそうであるような、自分がどこにいるのか分からなくなるような感情に覆われ、ただ、人差し指をしゃぶっていた。


 日が暮れる前に帰った。

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