②
あくる日の早朝。
「うーん!」
空から注ぐ
それでも大きく息を吸って
まとわりついていた
(晴れそうだし、服はこれ以上着込まなくても
ミコは丈夫な
「おはようございます、フクマルさま」
「おはようございます」
挨拶をしてくれたのはがっしりとした体格の
街からさらに西に広がる、深く広い太古の森に一番近い領域までは馬車でも一時間ほどかかるらしいので、そこまで
「足元にお気をつけください」
「すみません、ありがとうございます」
馭者の手を借りて、ミコは車体が高い座席に乗り込む。
「それでは出発します」
馭者のかけ声とともに、馬車は
馬車で走ること一時間余り。
城壁から遠くなるほど、
「夕刻にまた、私はここへお
馭者の操る馬車が遠ざかると、ミコは心細さと不安を覚えた。
吹き寄せた少し冷たい風が樹木をざわめかせ、ミコの
風だけのせいではないぞくりとした感覚に体中が総毛立った。
(だめだめ、しっかりしなきゃ!)
気合いを入れ直したミコは、いよいよ太古の森へ足を
樹林の
(
ミコは一定の
デューイから教わった、道迷い防止のためのもっとも単純な目印だ。
「いったいどこにいるんだろう……」
どんなものかわからないので不安はあるが、
(できれば、もふもふの可愛い動物でありますように!)
希望としてはどんぐりをくれる、ふくよかなお
そうして、ミコは不安と
あれよという間にずいぶんと時間は
「……っ、守り主どころか、動物一匹
かれこれ数時間、独り言と吹き
こは無人(この場合は無
(ひょっとしてわたし、森
「―― よし、ごはんにしよう」
ここまでずっと歩きっぱなしだ。
『いたた……』
ふいに、何かの声が聞こえてきた。
声がしたとおぼしき緑の
『!? にんげん!?』
銀色のもふもふはミコの姿を認めるなり、尻尾を伸ばして
しかし、その左の
『こ、こっちにこないで!』
「あなた血が出てるよ、大丈夫?」
言うと、もふもふはきょとんとする。ミコの言葉が理解できることに
「手当てをするから、近づいてもいい?」
『……ボクをつかまえにきたんじゃないの?』
「そんなことしないよ?」
ミコを見上げていたもふもふは数
(そんなに傷は深くなさそうだけど……)
「ねえ、どうしたのその
『……にんげんにやられたの』
「人間に?」
『うん。みつかっちゃってにげたんだけど、やをよけきれなかったの』
(こんなに可愛い子を
ミコはどこの誰とも知れない
「はい、できあがり。きつくないかな?」
『……だいじょうぶ。ありがとうなの』
もふもふは素直にお礼を言う。声と垂れた尻尾に、先ほどまでの張りつめたものはない。
ミコは「どう致しまして」と返事をして、もふもふに笑いかけた。
「わたしはミコっていうんだ。よかったら、あなたの名前を教えてもらえる?」
『ソラだよ。……どうしてミコはボクとおはなしができるの?』
「わたしはいろんな生き物と会話ができる能力があってね。だからわんちゃんのソラくんとも話せるんだよ」
『ミコ、ボクはわんちゃんじゃなくて、マーナガルムっていうげんじゅうなの』
………
能力なんて
(まさしく異世界だなあ……)
ロマンある空想上の生物との遭遇に
『ねぇ、ミコはこんなところでなにしてるの?』
「この森に
『わかった! 《きょだいか》』
ソラがそう
大型犬くらいだったソラの肢体が、
―― でっかくなって、もふもふぶりは三割増し。
これも能力かな、幻獣にも能力ってあるんだとか、ミコはのんきな感想を脳内に
『ミコ、あるじにごようがあるんでしょ? てあてをしてくれたおれいに、ボクがつれていってあげるの!』
「……え……?」
思考が
熊ではなく、大きな
『しっかりつかまっててなの』
言うなりソラは力強く地を
駆け出すソラの速度は、危険なほど速い。
「うっひゃあああああああああ!?」
アスレチックどころではない
『あるじはこのさきのねぐらにいるの』
歩くほどに速度を落としたソラが進んでいるのは、無数の枝がアーチ状に重なる樹のトンネルだ。それをくぐった先にあったのは
中央には緑の葉が陽光に揺らめく、
ソラが立ち止まったのを見計らい、ミコはソラの背中から下りた。
(地面って落ち着く……。ソラくんの毛並みの
『あるじ、ただいまなの!』
ソラが元気いっぱいの調子で話しかけたソレを目にした
(な、な……!?)
自分の目がおかしくなったと、疑わなかった。
陽だまりで日光浴をするようにうずくまっているのは、象を
まっすぐ伸びた
紫を帯びた
(あ、あれってもしかしなくても、
他の生物とは一線を画す、絶望的な存在感を前に身体がまるで言うことを聞かない。
全身が
『…………ソラ』
牙のある口から
ミコと見合った
下手に
『なぜ人間を連れている……?』
『ミコはボクのけがのてあてをしてくれたの!』
「ソ、ソラくん。わたしは守り主に会いに来ただけなんだけど……!」
ひそひそ声で話の
『あるじがこのもりのぬしだよ』
「えええええええええっ!?」
大音量の絶叫がミコの
(う、
これが
黒竜の
聞いていた事前情報と
『それでね、ミコはあるじにごようがあるみたいだったから、つれてきたの!』
恐怖のあまり声も出せずにいるミコとは対照的に、ソラは黒竜に
『あとミコはね、ボクとおはなしができるの!』
『……!』
驚いたように、黒竜の目が見開かれる。
―― ファンタジーでは正と邪、どちらにしても竜の位置づけは最強だ。
そして目の前にいる黒竜は語らずともその言語を絶する
(……け、けどもしかしたら、間違いってこともあるかもしれないし)
ミコはありったけの勇気をかき集めて、
「あ、あなたが太古の森を縄張りとする、守り主さまですか……?」
『……人間どもがどう呼んでいるかは知らないが、俺が森を
その低めた声からは、黒竜の人間に対する
自ら背にのせてくれたソラとは違い、どう考えても非友好的である。
(
恐怖が天元
「お、
『ミコ、あるじはにんげんをたべたりしないから、だいじょうぶなの』
独り言が聞こえていたようで、ソラから返事がくる。
「……そう、なの……?」
『うん。ボクたちげんじゅうはね、おひさまのひかりをあびれば、ごはんはたべなくてもだいじょうぶなんだ。たべたりもできるけど、にんげんはたべないの』
ソラからもたらされた耳よりな幻獣生態情報により、ミコはわずかに
どうやら頭の
『……お前は何者だ。なぜ幻獣の俺たちと会話ができる』
黒竜の
(し、しっかりしないと!)
ミコは
「……わ、わたしは、ミコといいまして、異世界からの召喚聖女でひゅ」
正直に
『異世界からの召喚聖女だと……?』
「は、い。わたしの能力は、《異類通訳》でして……
ミコのおっかなびっくりの説明を聞いた黒竜は
『……人間に用はない、去れ』
黒竜の
呼吸が
(っ、もう、無理!)
「す、すみせんでした! 今日は失礼します!」
黒竜めがけて言い投げると、ミコは一目散に走り出した。
ねぐらを出ても、
(……何かをされたわけじゃないけど……)
それでも、
一度退いて、交渉相手が竜だときちんと
本音ではもう関わりたくないけれど――
(帰還のために、投げ出すことはできないから)
ミコは自分の心を必死に
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