2章 守り主の正体

 おためしでばれてから、一週間後。

 ミコは王都から、太古の森に一番近い西部の街ブランスターに移ることになった。

 これみよがしなほどごうしゃな馬車に乗り込み、王都キングストレゾールからびるかいどうを西へ進むこと三日――

「―― 目的地までもう間もなくです、聖女さま」

 言ったのは、同乗していたデューイである。

「すみません、フォスレターさん。お仕事でいそがしいのに、同行してもらって」

「とんでもありません。むしろおびしなければならないのは私の方です」

 常にしん然としてれいただしいデューイはどうやら、主君のしょうかんやその後の取引について気がとがめているようで、ミコにとても親切に接してくれていた。

「フォスレターさんは王太子殿でんの臣下ですから、仕方がないですよ」

「おづかい痛み入ります。……殿下は少々ごういんで尊大なところもありますが、体調不良の国王陛下に代わってご立派にまつりごとを行い、国力のじゅうじつに努めていらっしゃる方なのです」

(王さま、体調が悪いんだ)

 言われてみれば、王宮の中でミコが一方的に見かけていたアンセルムはいつもだれかと話をしていて、たしかに忙しそうだった。

 ―― 「二カ月だ。二カ月でぬしを説得しろ」

 ミコの脳内をよぎったのは、取引に応じたあと、去り際にアンセルムがえんりょしゃくもなく言い放った台詞せりふ

 しょうだくしてから期限を追加するというずるい手を使っておきながら、アンセルムの表情はにくたらしいほどぴくりともしていなかった。

(……無理かな)

 デューイのフォローがあっても、人生を急変させたばかりか無茶ぶりまでしてきた相手を好意的に見られるほど、ミコは人間ができていない。

(フォスレターさんはいい人だと思っているんだけど……)

 デューイはゆいしょ正しい名門こうしゃく家のおんぞうらしいが、ミコの下宿先の手配に加えて、出発までの間は生活に必要な知識を教えてくれるなど、すごくめん

どう見がいい。

「聖女さま、どうやらとうちゃくしたようです」

 デューイに言われて、ミコは窓から外を見る。緑一色だった景色が、しゃたガス灯の配された広い通りに変わっていた。

「下宿先の家主さんは昔、文官の要職を務められていたんですよね?」

「王立図書館の館長でした。奥さまも王宮でのこう経験があるお方です」

 デューイは「ご夫妻には聖女さまの能力についてすでに告知済みです」と述べる。

「それに、『異世界から召喚された聖女』であることや、そのむねについて口外ごはっだということもご夫妻にはお伝えしてあります。お二人とも口はかたいのでご安心ください」

「ありがとうございます。ではフォスレターさんも念のため、外で『聖女さま』呼びはやめてくださいね」

「心得ております」

 ミコが念しするには理由があった。

 王宮でアンセルムは堂々と「聖女殿どの」と呼びかけるし、デューイも「聖女さま」呼び。

 かがやかしい血統の両者から大層に呼ばれる少女はものめずらしい能力を有している、という話はすぐに王宮をめぐった。おまけにミコが召喚時に着ていた、こちらの世界にはない高校指定の制服姿を見かけていた人間のもくげき談も加わり……

『あの少女は異世界から来た聖女らしい』と、王宮ではすっかりうわさになっているのだ。

(外でまで、こうのまなざしにさらされるのはかんべんだもの)

「到着でございます」

 外にいるぎょしゃが言った。とびらが開かれるとデューイが先に馬車を降りて、ミコを下車させてくれる。

 そこは大通りから一本奥に入った、落ち着いたぜいの路地だ。

 馬車が止まっている、木とレンガを用いたしょうしゃな洋館のげんかん先には、本のようなものがえがかれた木製の看板がかかっていた。

「こちらがフクマルさまの下宿先です」

 デューイは約束どおり、聖女さま呼びをふういんしてくれている。

(あの看板、本屋さんをしているのかな?)

「いらっしゃい。遠いところをようこそ」

 玄関から出てきたのは、明るい灰色のくちひげあごひげが見事なじんだった。

 丸眼鏡の下にはやわらかなセピアのそうぼう。見るからにおっとりしたふうぼうで、白いポンポン付きのさんかくぼうをかぶって、白いふくろかついでいたらサンタクロースとかんちがいしそうだ。

「ごしております、ハイアットきょう。このたびのご協力、感謝にえません」

「そうかしこまらんでくれ。わしは今やただのしがない本屋のおじいさんじゃからな」

「それはあまりにごけんそんがすぎます。―― フクマルさま、こちらが王立図書館元館長であられるタディアス・ハイアットさまです」

「会えて光栄じゃ、わいらしいおじょうさん」

 タディアスの丸眼鏡の奥にある目元のシワが深くなる。

「初めまして。ミコ・フクマルと申します」

「―― うふふ、なおで明るい、すずの転がるようなお声だこと」

 割って入ってきたのは、やわらかい女性の声だった。

 タディアスのとなりに寄り添うのは、落ち着いた緑のひとみうすいピンク色のかみを持つ、ろうたけた貴婦人だ。よわい五十はえていそうだが、にゅうみをたたえたおもては美しい。

「ご無沙汰しております。フクマルさま、こちらはハイアット卿夫人、モニカさまです」

「ごきげんよう」

 モニカから香るさりげない甘い香りに包まれて、ミコはぽうっとなる。

「王宮の使者の方が、こんなに愛くるしいお嬢さんでうれしいわ。ねえ、あなた」

「そうじゃな」

 おしどりふうからのかんたいにミコは胸をろした。

 二人ともとてもやさしそうで、聖女に対する変なよそよそしさも、へりくだる様子もない。

 むしろ、視線が孫を見るようにおだやかだ。

(おじいちゃん、おばあちゃんって呼びたい……)

「馬車での移動でつかれたでしょう。二人とも中へどうぞ」

 モニカのさそいをデューイは「申し訳ありません」と断る。

「せっかくですが、私はおいとまさせていだだきます。四日後、カタリアーナ王国のおう殿でんが来訪なさる予定でして。指示は出してありますが、最終かくにんは私の役目ですから」

とつがれた、国王陛下の実の妹君か。それはばんかりなく準備を整えねばのう」

(知らなかった)

 ミコにはおどろきといっしょに、ぼうの最中に王都からはなれさせてしまった心苦しさがつのる。

「すみません、フォスレターさん。わたし、全然事情を知らなくて」

「私がお話ししていなかったのですから、あなたさまになんら非はありませんよ」

 ミコにのようなまなざしを向けていたデューイは、再びタディアスたちの前で居住まいを正す。

「では、私はこれで失礼いたします。くれぐれも、お役目にのぞまれますフクマルさまのことをよろしくお願い申し上げます」

 そうあいさつしたデューイは、馬車でなく馬装した馬でさっそうとハイアットていをあとにする。

 ミコは改めて二人に一礼した。

「本日からお世話になります、ハイアットさま」

「名前でかまわないわ。私たちも、ミコちゃんと呼んでもいいかしら?」

「もちろんです!」

 ミコがそくとうすると、モニカは上品にほほみ、タディアスは破顔する。

「じゃあ、何はともあれまずはみんなで軽食にしましょうか」

「そうじゃな」

 タディアスとモニカがミコをがおで手招く。

 下宿先でうまくめるだろうか、という不安は多少なりともあった。それがゆうに終わったことに、ミコはひそかにほっとする。

(あとは、本題の『守り主』とのこうしょうか……)

 あおいだ雲のない青空に、ミコはうまくいくことをただ切実に願った。

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