「――せんえつながら、私が現状をご説明させていただきます」

 案内されたラグジュアリーな応接室。

 深い呼吸で落ち着きをもどしつつあるミコの向かいにひかえるのは、先ほど乱入してきた金髪の青年―― 王太子付き秘書官のデューイ・フォスレターだ。

 そのデューイいわく――

 ずばり、ここは地球じゃない。

 異世界の名前はエルカヌム。ミコがいるのは、緑豊かなリーキタス大陸の北方、アルビレイト王国らしい。

 半世紀ほど前までは後進国にすぎなかったそうだが、現国王が税の軽減とそれを補う財源として、国内の観光資源を整備し観光客ゆうそくしんするなど、発展的な治世をしいた。

 その善政が実を結び、今や経済・貿易でちゅうかくになうまでの地位を築き上げたのだとか。

 ……これだけなら、百歩ゆずって常識のはん内なのだけれど。


この世界の王族や一部の人間には能力―― ほうとか、なんらかのちょうじょうてきな力―― が備わっているそうなのだ。おまけに能力を発動させるための要素である、いわゆるりょくが満ちているという。

「能力の保有数は個で異なり、強い魔力を持つほど能力のりょく・効力は高くなります」

「…………そ、そうですか……」

 後半にかけてのデューイの話は、通常であればはいそうですかと受け入れるべくもない、しっしょうもののぶっとんだ内容である。

 しかしながら、超常もはなはだしい現象が我が身に起こった。

 導き出した結論として―― 異世界転移したのだ、信じられないことに。

(……これって、本当に現実なの……?)

 最後のあがきで、ミコはまた頰を抓ってみた。結果はいわずもがなである。

 そうてんがいすぎる事態にミコは激しい眩暈めまいを覚えた。

「―― いったいどうして、王太子殿下は召喚なんて」

「………………なんと申しますか……その……」

 非常に言いづらそうなデューイの反応からすると、ロクな理由じゃないだろう。

 十八番おはこともいえる救世の事案であれば、大勢の高官やけんじゃみたいな人たちが集結して心血を注いで事に当たる―― ミコが知る異世界あるあるではそう―― はず。

 ミコがよくないむなさわぎを感じたとき、扉がバーンと勢いよく開いた。

「待たせたな、会議が長引いた」

 言って、アンセルムはミコの向かいのにふんぞり返る。

 かんはつを入れずにデューイがえた。

「このようなけいそつをするなど、あなたさまは何を考えていらっしゃるのですか!」

「まさか王宮の大書庫でぐうぜん見つけた古文書が本物などとは、だれも思うまい?」

「そういうことを申し上げているのではありません! 王太子たるものご自身の行動には、責任はもとよりしんちょうさを」

「お前の説教など聞きたくない」

 アンセルムはうるさそうに右手を振って、デューイの話をさえぎる。

「召喚のなんてものが記されていたら、まゆつばは百も承知でためしたくなるのが人のサガというやつだ」

 ―― ちょっと待って。ってことはつまり――

「お試しで召喚を実行したら、……思いがけず成功したってことですか?」

「そういうことになるな」

 何か問題でも? といわんばかりに、アンセルムは平然と答える。

 召喚の動機は、ものは試しという軽い気持ちからくる『お試し』。―― 何それ!

(というか、この人はどうしてちっとも悪びれないの!?)

 椅子にどっかり座しているアンセルムからただようのはを言わさぬげんと、どことない尊大さだ。その態度と言動からは負い目が欠片かけらも感じ取れない。

 ごめんの一言くらいあってもいいのに! と、ミコは心中で悪態をつく。異世界とはいえ、いなかまち出身のしょみんという身空で仮にも王太子にこうできるほど、ミコの気は強くない。

「まあ私も、召喚対象がこれほど幼いとは思ってもみなかったが」

「こんなにいたいけな少女になんてことを……」

「…………あの、ちなみにわたしは今十八歳なんですが……」

「「十八歳っ!?」」

 声をそろえたアンセルムとデューイに、じろじろと見られる。いたたまれない。

「まさか十八だったとは……」

「申し訳ありません、てっきり妹と同じ十四歳くらいとばかり……」

 二人のそっちょくな感想が、ミコの胸にぐさっとさる。

(うう、ここでもやっぱりねんれいよりも幼く見られるんだ……)

 童顔・低身長・がらさんびょう揃ったミコへのにんしきは、異世界でも変わらないようだ。

 ミコが地味にへこんでいたちょうどそのとき、扉がコンコンとノックされる。

「失礼いたします」

 現れたのは、白を基調としたしょうぞく姿の中年男性だ。……その足元にはなぜか、灰色のしま模様が美しい一ぴきねこが。

「ご足労いただきありがとうございます、大かんてい長」

「かまいませんよフォスレターきょう。殿下におかれましては、ごげんうるわしく存じます」

 うやうやしくこうべを垂れる大鑑定士長に、アンセルムは「ああ」と短く応じる。

 二人とも猫について何もつっこまないあたり、見慣れた状態なのだろう。

「さっそくだが、彼女の鑑定をたのみたい」

「使いの方よりお話はうかがいましたが、こちらのごれいじょうが?」

「はい。召喚されたミコ・フクマルさまです」

「お初におめもじ致します」

 大鑑定士長がていねいにおをしたので、ミコもお辞儀を返す。

「それではさっそくですが、鑑定を始めさせていただいてもよろしいでしょうか?」

「は、はい」

 大鑑定士長は「失礼致します」と前置きして、ミコのみぎかたにそっと手を置いた。

「《鑑定》」

 ファンタジーでおみの台詞を唱えてから数はく後、大鑑定士長は深く息をいて――

「……ミコ・フクマルさまには《異類通訳》の能力があるようです」

「「「《異類通訳》?」」」

 三人の第一声が、ハーモニーかのようにぴたりと重なった。

「私も初耳の能力です。内容としては、あらゆる生き物と会話が可能。同族の言語のみ理解できるという世のことわりおかすものですがフクマルさまは異世界人ゆえ、こちらの規格とは違う能力を持ったのかもしれません」

(もしかして、つねごろから『動物の言葉がわかればいいのに』って思っていたせい?)

 なんの確証もないが、能力についてはミコの願望が作用したとしか思えなかった。

『……そっちの女の子は初めて見る顔だわ』

「!?」

 大鑑定士長の足元でおとなしくしている猫のつぶやきが、―― 解った。

(う、わあ、すごい……)

 異世界というのはさておき、かないっこない願望がじょうじゅしたのにはなおに感動した。

 コタロウが生きていたときにこの能力が使えていたら、と思わずにはいられない。

「初めまして、わいい猫ちゃん」

『! そんな、どうして人間の言葉が解るのかしら!?』

「……もしかして、わたし以外の人間の言葉は解らないとか?」

 うなずく猫。これがこちらの世界独自なのか、はたまた元の世界でもそうなのか。

 ミコには知るよしもないが、ひとまずこの世界の動物は人の言語を理解していないようだ。

「大鑑定士長さん、猫ちゃんは人間の言葉が解らないみたいです。ただ、わたしの言葉は理解できると」

 興味深そうに様子を観察しているお三方に向かって、ミコは報告を入れる。

「そうでしたか……その能力は他種族の言語を理解するばかりでなく、相手にも伝わるということですね」

 大鑑定士長は続けた。

「そしておどろくことに、フクマルさまは無えいしょうで能力を使えています。行使者にとってことだまは体内に魔力を流動させるとともに変化をあたえ、能力を発現させるかぎとなる不可欠な要素。それが不要とは―― さすがは聖女さま」

(はいっ!?)

 大鑑定士長からの思いもよらない単語にミコはどうようして、息が止まりそうになった。

 一方で、アンセルムとデューイはというと。

「案の定、聖女だったか」

「やはり聖女さまだったのですね」

 まるで初めから予想していたかのような口ぶりである。

「すっ、すみません! 聖女ってどういうことですか!?」

「私が行ったのは聖女召喚の儀だ。それによって現れたそなたは聖女の可能性が高かったが、これで立証された」

 召喚で勇者・聖女は定番中の定番だ。……でも、こんなちんちくりんが聖女?

 ミコは混乱のせいで、頭がちっとも整理できない。

「では大鑑定士長、能力について報告を続けろ」

「聖女さまの保有能力は、《異類通訳》のみでございます」

「――――わかった。下がれ」

 大鑑定士長が猫を連れて部屋を出ると、アンセルムはあごに手を当ててもっこうの表情を作る。

(聖女って、なんのじょうだんだろう……)

 さずかった能力は規格外かもしれない。けれど、よくある敵の大軍をいっしゅんはらうだとか、ひん状態から回復させるだとかのようにせんとうで役に立たないのは自明の理。

 スペック不足にもほどがあるので、早々に帰らせてもらうのがけんめいだ。

 そうそうかつしたミコは召喚の当事者であるアンセルムに対して控えめに質問する。

「王太子殿下、わたしはどうしたら元の世界に帰れるのでしょうか……?」

「…………仮にも聖女が現れたからには、試してみるか」

 アンセルムのささやきは小さくて、ミコの耳には届かない。

「この王都から西に行くと、太古の森という深く広い森林地帯が広がっている」

 なぜか、アンセルムはミコの話とは全然関係ない地理の解説を始めた。

 不思議に思ったけれど、「人の話、聞いていますか?」と、初対面の王太子に面と向かって聞き返せるほどのたんりょくなどミコにはない。最後まで聞いてみるしかなさそうだ。

「その奥地には、能力の威力をぞうふくさせるという貴重なせきが採れるどうくつがある。だが森を縄張りとし、むらさきの瞳を有するとわれる『ぬし』にじゃをされていてな」

 ―― 『守り主』?

 ファンタジー感満点の魔石には興味をかれるが、後半の台詞が引っかかった。

 いやな予感がする……と思っていたミコは、次の言葉で呼吸が止まりかけることになる。

「聖女殿、その通訳の力を生かして守り主を説得し、太古の森から退しりぞかせてくれ」

「な、」

 一度、ミコは息を吸う。そうしないと、二の句をげない。

「なんですかその急転直下の無茶ぶり!?」

「無論、こうしょうの材料はこちらで提供しよう」

 アンセルムは絶賛こんわく中のミコにかまわず、一方的に話を進める。

「太古の森から出ていくならば、代わりに守り主が望むものを与える。聖女殿には交渉期間中の衣食住の他、成功ほうしゅうも用意しよう。破格の条件だと思うが?」

「だからどうして、わたしがその役目を引き受けないといけないんでしょうか!?」

「―― 元の世界に帰りたいのだろう」

「!!」

 落とされたアンセルムの言に、ミコは声をんだ。

 語勢は決して強くはないのに、アンセルムの声にはこれまでとは違い、相手をひれ

せる圧のようなものが含まれていたからだ。

「守り主を太古の森から転居させる。この取引に応じるならば元の世界に帰してやる」

「殿下!? 何を……」

 いさめようとしてか、口を開いたデューイをアンセルムはめつける。

だまれデューイ。―― もう、あまりゆうはない。なりふりかまっていられないんだ」

「―― っ!」

 その一言で、デューイは苦虫をつぶしたような表情でし黙ってしまう。

 ミコにはなんのことだかさっぱりだが、何か事情がありげなことだけは察せた。

「さて、返事は?」

(もしも、断ったら……)

 元の世界に帰してもらえず、右も左もわからないまま放り出される。……取引に応じるなら、というアンセルムの含みはたぶんそういうことだろう。

(これって取引じゃなくて、きょうはくな気がする……!)

 腹の底でふつふつといかりがえるけれど、ほうあきらめも考えられない。

 支え合ってきた大切な家族と会えなくなるなんて絶対に嫌。のしかかる重圧と不安でどんなにこしが引けようと、この気持ちはミコの中で断固としてらがないものなのだ。

「………成功すれば、元の世界に帰してくださるんですよね?」

「ああ」

 胸にまとわりつく不安を払うようにミコはこぶしに力をめ、アンセルムにのぞむ。

「わかりました―― このお話をお受けします」

「取引成立だな」

 しゃくさわるドヤ顔のアンセルムとづかわしげな視線を送ってくるデューイを横目に、ミコは窓の外を見やる。

 見知らぬ世界の空にも、こちらに来る前に見たときと同じ夕焼けが広がっていた。

 ―― お母さん、お兄ちゃん。天国にいるお父さん、コタロウ。


 なぜかいきなりとんでもないことに、なってしまいました。

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