第15話 えっち!

 ――ゴトン。という音を立てて、三月さんの手に持たれていたジョウロは床に落下した。


 彼女の顔は真っ青。ついでに言えば、たぶん俺の顔も相当焦りが見えていると思う。


 俺たちの目の前。


 教室の扉に体の右部分をもたれかけさせ、デフォルトっぽいジト目でこっちを見ているひとりの女子。


 名前は確か、小咲つくし。


 見た目としては、低身長で色素の薄い髪の毛をツインテールにしている。


 クラスの中でも、どちらかというと地味な方で、教室の隅にいるようなタイプだ。


 ただ、大人しいタイプなのかと言われると、そうじゃない気もしている。


 よく自分の席でノートにコソコソと何かを描いており、たまに一人でニヤニヤしてるところだって見たことがある。


 大人しいというより、不気味な人。そういう印象だったんだけど、まさかこの人に三月さんとの関係がバレてしまうとは……。


「関谷くん」


「あ、は、はい」


 考えているうちに、小咲さんから名前を呼ばれてしまう。


 ぎこちなく返答する俺を無視し、彼女は淡々と続けた。


「関谷くんってさ、三月ちゃんのどんなところが好きなの?」


「「――!?!?」」


 いきなりのトンデモ質問に、俺と三月さんは思わず声にならない声を発してしまっていた。


 しかも、三月ちゃんって呼び方も新しすぎて、普通に驚きだ。クラスメイトで三月さんのことそうやって呼んでる人、見たことない。


「ちょ、ちょっと待って小咲さん……! 俺と三月さんは別に……」


「付き合ってない? んー、でもでもだよー? こんなに朝早くから二人仲良くお花に水やりは……うん。大スクープものですよー」


「ぅぐっ……!」


 わざとらしく顎に手をやり、きらりと目を光らせて言う小咲さん。


 まあ、彼女の言うことは間違っていない。


 仮にもしも俺が朝早くから教室に入ろうとしたところで、男女二人が仲良く鼻に水やりなんてしてたら、確実に恋仲なのを疑ってる。普通の感覚だ。


「……け、けど、付き合ってないのは……事実だし……」


 言いながら、チラリと三月さんの方に視線をやる。


 どうにか言い逃れできそうなことを言って欲しい。そういう思いを込めて。


 けど、その願いは普通に無駄だった。


 とんでもない状況に直面してしまったからか、真っ赤になってフラフラしている三月さん。


 心なしか頭から煙が出ているようにも見える。頼りにはできない。


「じゃあだけど、関谷くん。どうして前、授業中に三月ちゃんを連れて保健室に行っちゃったの?」


「そ、それは普通に三月さんが体調悪そうだったからだよ。席も近かったし、たまたま……」


「え~? たまたまであんな勇気ある行動が取れます~? 小咲的に、もう絶対いっぱい百パー付き合ってるって思うんですけど~?」


「ち、違うから! ほんとに違う! 付き合ってない!」


「またまた~」


 ぐっ……し、しつこい……!


 疑ってくる小咲さんは、ニヤニヤしながら扉のところから少しだけ歩き、俺たちの方へと近付いてきた。


 そして、俺――ではなく、今度は三月さんに話しかけ始める。


「三月ちゃん」


「ふぇ!? は、ひゃい……」


「三月ちゃんは、関谷くんのことどう思う~?」


「んなっ!」


 こ、こやつめ、俺から言質をとることが難しいと判断して、今度は三月さんに狙いを定めやがったな……!?


 チラッと俺の方を見て、でへっ、と笑みを浮かべている辺り、それで間違いなさそうだった。ちくしょう。


「ったく……。もう三月さんからも言ってあげてよ。別に俺たち、付き合ってるわけじゃないって」


「……は、はい。わ、私は……関谷くんとは……付き合ってないです……」


 緊張して、表情がとんでもないことになってる。


 目つきはいつも以上に悪くなり、こわばってるから、ヤバそうなオーラでもまとったボスキャラみたいな感じだ。美人だから、より一層そう伝わる。


 けど、普通の奴なら恐れるであろう三月さんのその顔を見ても、小咲さんはビビってる様子を見せず、グイグイ質問する。


「うんうん。付き合ってないにしても、どう思ってるか教えて~?」


「……へ……? ど、どう思ってるか、です……か……?」


「そう! ちょっとここでは言えないって感じだったら、教室の外でこそっと教えてくれるだけでもいいから~」


「………………」


 そんなこと言ってお願いしたって無駄だ。


 別に付き合ってないことは事実だし、やましいことなんて一つもない。


 ……一つも……。


「……っ」


 三月さんはチラッと俺の方を見て、また視線を足元にやった。


 それからもじもじとし、


「……じゃ、じゃあ、教室の……外に……」


 と耳まで朱に染めて、廊下を指さした。


 小咲さんはそれを受けてテンションマックス。


 横に揺れながら、ツインテールをみょんみょんさせ、「じゃ、行こ行こ!」と目を輝かせていた。


 ……大丈夫……。特にやましいことなんて……ないから……。


 俺は廊下へと向かう二人の背中を一人で見送り、待機することになった。なぜか心臓はバクバクである。


「……っ……」


「……~~~~……~~~~……」

「ふんふん」


 三月さんが小咲さんの耳元にコソコソと話し始める。


 いったいどんなことを言ってるのだろう。


 疑われるようなことは言ってないはずだが……。


「……~~~~…………~~……~~~~……///」

「えぇぇぇぇぇ!?!?」


「――!?」


 え!? なに!? なに言ったの!?


「そ、それでそれで!?」

「……っ/// ……~~……~~~~……///」

「ふぇぇぇぇぇぇ!? え、えっちぃぃぃぃ!!!」


「なにが!?!?」


 こっちを見て叫んだ三月さんに、俺は叫び返すのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る