第14話 そろそろ我慢できそうにないです

 頼んだ矢先でなしにしてもらうってのも本当に申し訳ない話ではあるんだけど、高津にお願いしていた女子への質問LIMEの件は、早々に取り消してもらった。


 多少の文句は言われるものかと思っていたのだが、当の高津は安堵したようにそのことを了承してくれ、また、俺の身を案じてくれるようなことを言ってくれた。


「侑李、俺はいつでも貴様の味方だからな!? たとえ三月さんに洗脳されていようが、立派な友だ!」


 と。


 内心、「いやいや、別に洗脳なんてされてないし……」と呆れてしまったし、三月さんをそんな悪者みたいに仕立て上げるのもやめて欲しかったのだが、こいつは単純に三次元の女子が嫌いというだけで、別に三月さん一人に対してこんなことを言ってるわけじゃない。


 たとえ他のクラスの女子であっても、こんな感じで俺に言ってきてくれていたはずだ。


 仕方のない奴だけど、その時ばっかりは「心配してくれてありがとう」と言っておいてやった。


 佐々岡に関しては、「なんかお前、姫様を連れ去る王子みたいだったぞ」とか、よくわからないことを言ってきてくれ、目を輝かせるばかりだったし、通常運転だ。


 だから、この二人は特にいつもと変わらなかった。


 問題は、クラスメイトだ。


 いや、まあ、問題とするほど深刻なことが起こってるわけじゃないし、当初予想していたことが一部で起こってるだけの話なんだけど、佐々岡と高津に比べたら問題なのかなーって思う程度の話。


 クラストップカーストに位置するイケイケ陽キャラ集団の皆さんからちょいちょい話しかけられ、「三月さんと付き合ってるん? ん? ん?」とかこっそり聞かれたりするし、なんとなくたまにコソコソと俺の話題を出しながら会話してる女子グループとかも見受けられるようになった。


 そうやって話しかけられたら、もちろん俺も俺で否定はするし、いつも三月さんのいない場所で弁明するようにはしてる。


 彼女自身は未だにクラスメイトから恐れられてて、誰も寄り付こうとしないし、寄り付かれないのに、傍で色々言われるのも嫌だろうと思ったから。


 それに、俺がクラスメイトに絡まれ出してから、三月さんは責任を感じたからか、少しだけ俺の前で愛想笑いをするようになってしまった。


 避けられてる、とかそういうわけじゃないけど、申し訳ないオーラがビンビン伝わってくるというか、そんな感じ。


 別に大丈夫。そうは言ったものの、気にしてるんだろう。こちらこそ本当に申し訳ない。


 そんなこんなで一週間ほどが過ぎ、クラスの連中も俺が関係を否定ばかりするからか、つまらなく思い始めたんだろう。恋愛関係なのかを聞いてくる奴はほとんどいなくなった。


 人の噂も七十五日、なんて言ったりするもんだが、たったの七日だ。


 俺の否定の仕方が上手かったのかもしれない。まあ、何にしてもよかった。



「あ、関谷くん。おはようございます」


 それで、今日も今日とて早朝。まだ誰も来ておらず、俺と三月さんだけの教室。


 彼女は今日も普段見せない柔らかい表情で迎えてくれた。


 まだ、どこか申し訳なさの名残は見えるけど、それでも先日に比べるとだいぶマシだ。


「おはよう、三月さん」


 俺も軽く挨拶する。


 なんというか、こうして改まってみると、本当に付き合っててもおかしくないような、そんな関係だよなと思ったりする。


 冗談抜きで三月さんは可愛すぎるし、すんごいいい人だし、本音を言えばもう告白してしまいたい。


 けど、彼女のことを考えたらそれはまだダメだった。


 もし、本当にもしもだけど、告白が上手くいったとして、付き合えたとして、俺たちが一緒にいるところをまた誰かに見られたら、それはまた噂としてクラスを駆け回る。


 関係を否定したばかりだし、仮に告白するとしたら、三月さんへの恐怖をクラスメイトから取り除けた時……くらいな気がする。


 まあ、これは俺の予想だし、そうじゃなくても、三月さんがオッケーサインを出せば、告白できるのかもしれない。


 が、そんなオッケーサインなんて期待はできない。


 そんなのイコールとして三月さんから面と向かっての告白を待っているようなもんだし。


 指文字での告白だって、あんなのは独り言みたいなもんだ。俺にはまだ知られていない! そういう設定!


 ……というわけで、今日もそんな可愛い三月さんと俺の悶々とした朝が始まるわけだ。


 はぁ~、今すぐに付き合えたら、どんなに幸せだろう……。


「? どうかしましたか関谷くん? まだ眠いです?」


「――! あ、う、ううん! ちょっと考え事してた!」


 黙り込んで適当なことを考えていると、三月さんが問うてきた。


キョトンとし、ジョウロを持って不思議そうに小首を傾げただけの仕草だっていうのに、いつも以上に可愛く見えてしまう。


 理由はわかってる。保健室でのあの一件があったからだ。


 ビンタされると思って差し出した頬だけど、されたのはビンタじゃなくて愛撫。


 うーん、あれはマジでヤバかった。思い出しただけでも鼻血が出そうだぁ……。


「そうですか。考え事……ならいいですけど、その、また何かあったら何でも言ってくださいね」


「何か……あったら……?」


「はい。お友達作りはいったん保留ですけど、また私のおうちに遊びに来たいとか、そういうことでしたら、何でも」


「な、なるほど。りょ、了解です! 何かあったら、何でも言いたいと思いますです!」


「ふふっ、何ですかその口調? 変な関谷くん」


 口元に手をやってクスッと笑う三月さん。


 変って言われたのに頬が緩んでしまう。俺は頭を掻くしかなかった。


「でも……恥ずかしいですけど、私……今すごく学校が楽しいんです……」


「……え?」


「……その、前は誰も仲のいい人はいませんでしたけど、今は……関谷くんがいますから」


「あ……え……」


「……前も言いましたけど……本当にありがとうございます……」


「は……はい……」


 神様、僕はいったい前世でどんな徳を積んでいたのでしょうか?


 女神が、目の前に女神がおります。可愛すぎるんです。困ってます。


 そうやって、三月さんの尊さに頭をクラクラさせていた時だ。


「――なるほどなるほど。やっぱり二人はそういう関係だったというわけだね~?」


 突如廊下側から聞こえてきた声に、ハッとする。


 その勢いのまま振り返り、先を見やると――


「……あ」


 そこには背丈の小さい一人の女の子がいた。

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