第16話 私とお友達になってくれませんか

「なるほど。よーくわかりました。関谷くんと三月ちゃん、別に付き合ってるわけじゃないんだね」


「……そうだけど……」


「けど、イケナイ関係なのは確か、と」


「それはそうじゃないけど!?」


 結局さっきの絶叫(えっち、などと叫んだ理由)についてはハッキリしたことを言わず、小咲さんは一人頷きながら納得顔。


 わかってくれたのはいいけど、ほんとに三月さんがこの人に何を吹き込んだのか、めちゃくちゃ気になる。


 その意を込めて、俺の隣にいる三月さんへそーっと視線をやってみるものの、彼女は別の方を向き、断固として俺と視線を合わせないよう努めているようだった。


 ただ、とんでもないことを言ってしまった自覚はあるのか、耳がかなり赤い。恥ずかしがってるのは丸わかり。頭隠して尻隠さずとはこのことだ。バレバレである。


「まあ、なんかまた変な誤解を与えちゃってるみたいだけど、とりあえず最初の誤解が解けたんならよかったよ」


「うん。小咲的にはちょびーっとだけ残念だけどね。新作のモデルになってくれるかもって思ってたし」


「? 新作の……モデル……?」


 小咲さんの口からよくわからない言葉が出てきて、俺は首をひねった。


「そ。小咲、お恥ずかしい話ではあるんだけど、漫画描いててさ。それで、新作のモデルを探し中だったの」


「え、ま、漫画!?」


「うん。見る? 小咲が描いたの」


「い、いいの?」


「いいよー。小咲、友達あんまいなくて感想とかくれる人いないから、できればサッと読んで感想とかくれると嬉しいー。あ、三月ちゃんも読んでくれる?」


「……は、はい……。……小咲さんがいいと言うのなら……」


「いいよいいよー!」


 言って、小咲さんは持っていたバッグを適当な机の上に置き、原稿を取り出した。


 取り出した原稿は二つ。


 それらを俺と三月さんにそれぞれ渡してくれた。


「……ん、なんか俺に渡してくれたものと、三月さんに渡したもの、絵柄がまったく違う気が……」


「関谷くんに渡したのが少年漫画で、三月ちゃんに渡したのが少女漫画だよ! 小咲、描き分けができますので!」


「いや、普通にすごいな!」


 しかも、その二つとも絵はかなり上手い。


 正直な話、漫画雑誌とかに載せられててもおかしくないような、そんなレベルだと思った。


 ぺったんこな胸を張って自慢げにしてる小咲さんだけど、これはほんとにすごい。


「まあまあ、小咲の画力についてはいいから、中身読んでみてよ関谷くん。中身もすんごいからさー」


「了解。いやー、すげえやこれほんと」


「三月ちゃんもー」


「は、はい」


 言われて、俺たちは漫画を読み進めていくことにした。


 絵がこれほどに上手いということは、物語の方も普通に面白い気がする。


 根拠のない予想だったけど、そう思わせてくれるほどに小咲さんの漫画はすごかった。


 ――が、


「………………」

「………………」


 ぺらり。


「………………」

「………………」


 ぺらり。


「………………」

「………………」


 ぺらり。


「……っ…………」

「………………っ……」


 ぺら……り……。


「「………………(汗)」」


「どうだったどうだった!? 面白かった!? 面白かったかな!?」


「え……えーっと……」


 目を輝かせて、横に揺れながら子犬みたいに聞いてくる小咲さんに、思ったことそのままを告げることが俺にはできなかった。


 横にいる三月さんも冷や汗を浮かべ、引きつった笑みで硬直してしまっているし、俺と考えてることは一緒なんだろう。


 ――絶望的なまでに面白くない……!


「……こ、小咲……さん……」


「はいっ! なになに!? 面白かったかな、関谷くんっ!」


「……っ」


 し、仕方ない……。


 俺は決心した。


 オブラートに包みながら、疑問に思ったところを聞いていく方針で行こう、と。


「え……えと……も、物語自体はすごく独創的でよかったんだけど……」


「うんうん!」


「……こ、この友達キャラが頻繁に「俺たち、友達だよな!?」って聞いてくるのは……何なの……?」


「んー、頻繁に聞かないと、友達かどうかわかんなくなっちゃうと思って」


「……え? 友達かどうか……わかんなく……なる……?」


「うん! 友達って、結婚とかと違って約束とか、そういうのないよね? だから、毎回聞いて友達であることを確認してるの」


「あー……な、なるほどー……(棒)」


「そういうこと!」


 元気いっぱい頷く小咲さん。


 そんな彼女に、「いやいや、さすがにそれはしないだろ」なんてことが言えるはずない。


 なんというか、現実での体験って、残酷なまでに作品に現れるんだと痛感させられる。


 友達がいないとこういう思考に陥ってしまうらしい。傍にいる三月さんもうんうん頷いてるし……。


「で、でもさ、さすがに敵キャラと戦ってて攻撃を受けてる時に聞くのは……なんかおかしくない……?」


「……へ……?」


「なんていうか……こう、ここって緊迫したシーンじゃん? なのに、いきなり脈絡もなく『俺たち、友達だよな!?』っていうのは……その……ちょっと首を傾げたくなったといいますか……」


「………………」


「あっ、い、いや、あくまでそれは俺が思っただけのことだから別にいいとは思うんだけどね!? 俺、漫画描けないし、素人だから適当なこと言ってるかもー、なんて! ははは!」


 一気に表情が陰り始める小咲さんに必死のフォロー。


 が、ちょっと焦りすぎてフォローになってるのか怪しい。


 現に彼女は顔をうつむかせてしまった。


「……やっぱり……なんだね……」


「へ……!?」


「友達描写について……言われるの……」


「……? あ、あの……」


「……お父さんとお母さんに見せても同じこと言われるの……。友達の描き方が変だって……」


「………………」


「……でも、そりゃそうだよね……。小咲、友達いないし……変な感じになっちゃうのは当然だよ……」


 なんといっていいのか、まるでわからなかった。


 その瞬間ではかけてあげられる言葉が見つからず、俺は黙り込み、うつむくことしかできなかった。


 そんな俺の元に、とぼとぼと小咲さんは歩み寄ってくる。


「ごめんね。読んでくれてありがとう」


「あ、う、うん……」


 原稿を返す。


「三月ちゃんも読んでくれて――」


「あ、あの、小咲さん……!」


「!」


 その一瞬の出来事は驚きだった。


 意を決したかのように振り絞られた三月さんの声が、閑散とした教室に響いたのだ。


「そ、それなら、私とお友達になってくれませんか……!?」

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