第5話 おうちで二人きり①

 深呼吸をした。


 一度、二度、三度。


 理由はもちろん、自分をどうにかして落ち着かせるためだ。


「こ……ここか……」


 約束通りの日曜日、午後十三時。


 俺は今、三月さんの家の前に立っている。


 距離としてはそこそこといったところだった。電車で二駅ほど行ったところの地域だ。


 毎朝俺が美化委員として花の水やりをするまで、ずっとクラス一早く登校していた三月さんだけど、朝早くから電車を使って学校まで来ていたと考えると、本当に尊敬しかない。


 一応今も俺の要望で朝早くから学校に来てもらってるけど、もしかしたら大変な思いをさせていたのかな……。


 そう考えると、申し訳ない気持ちになってきた。


 今からでもいいけど、改めて無理しなくていいよう言っとくべきだなこりゃ。


 軽く反省したところで、ふぅ、と息を一つ吐く。


「……よ、よし。まあ、とりあえずインターフォンを押そう。話はそこからだ」


 レンガ造りの洋風な門に付いてるインターフォンへ緊張しながら手を伸ばす。


 そして、ゆっくりと、確かにインターフォンのボタンを押した。


 ――キーンコーン♪


 なんか音も洒落ている。さすがは三月さんの家だ。


『……は、はい、どちら様でしょう?』


「せ、関谷です!」


『あっ、関谷君……。……ちょっと待っててください』


 よかった。出てくれたのが三月さんで。


 日曜日だし、お父さんとかお母さんもいることは考えられる。兄弟がいるのかまでは聞いてないけど、とにかく三月さん以外の誰かが出てきたら自分のことをなんて言おうか正直迷っていた。危ない危ない。


 そんなことを考えていると、ガチャリと玄関が開き、三月さんが家から出てきた。


 白のワンピースを着ており、完全な私服姿。


 普段はサラッとその長い髪の毛を流しているけれど、今日はシュシュで一つ結びにしていた。


 そんな普段見せないような姿を見られてしまい、恥ずかしいのか、三月さんは微かに頬を赤くし、ちょっとだけ下を向きながら門のところまで来てくれた。


「あの……今日はわざわざ家まで来てもらってごめんなさい関谷君。せめて駅のところまで迎えに行けばよかったです……」


「い、いいよいいよそんなの! アイン・クラフトのこと、俺が教えてもらう立場だし、全然気にしなくていいから!」


「……そうですか?」


「そうそう! それに、今日は三月さんと会えるの楽しみだったから移動が苦だとか、そんなことは全然思わなかったしね!」


「……っ~///」


 何気なく流れのまま放った一言だが、俺の言葉のせいで三月さんの門の扉を開けてくれていた手が止まった。


 でも、楽しみだったことに間違いはないし、訂正するのもおかしな話だ。


 うつむきながら耳まで赤くする彼女に釣られて、俺も死ぬほど恥ずかしくなってくる。


 互いに顔をうつむかせ、立ち尽くしていると、その場を通りすがったご婦人二人組にクスクス笑われ、俺たちは我に返った。


 本当に真っ昼間から何をしているのだろうか……。


「ご、ごめんなさい……! い、今開けるね……!」


「おおおお願いしますっ!」


 こんなので夕方くらいまでやれるのだろうか……。


 三月さんと二人きりで休日を過ごすのは楽しみだけど、先が思いやられて仕方なかった。



 家の中に入ると、まず最初にリビングに通された。


 大きなテレビやソファ、質のよさそうなカーペットにテーブルなどなど、何もかもが立派だ。


 そこに三月さんのお父さんやお母さんがいるのかと思って死ぬほど緊張したのだが、話を聞くに、どうやらお二人はランチも兼ねて中心街へショッピングに行ったらしかった。


 他に兄弟としては、大学生のお姉さんがいるらしいのだが、他県で一人暮らしをしているらしく、三月さんは今現在一人っ子状態らしい。


 俺も妹がいるけど、それまでいたきょうだいが急にいなくなったら絶対に寂しい。


 三月さんはそれほど気にしてないみたいだったけど、少なくとも思うことの一つや二つはあるはずだ。姉妹仲がよければ、だけど。


「せ、関谷君っ、飲み物は何がいいですか……?」


「あ、お気遣いなく……って言おうとしたけど、もうそれ、カフェオレ二つコップに注いじゃってない?」


「ふぇ!? あ、ほ、ほんとですね! いつの間に……」


「今注いでるの見てたよ。すごい上の空で、ちょっとこぼしそうだったから心配だった」


「あ……ぅぅ……。そうでしたか……。ごめんなさい……カフェオレでいいですか……?」


「うん。気にしないで。ありがたくいただきます」


 ちょっと笑ってしまった。


 学校じゃ絶対に驚いた時「ふぇ!?」なんて三月さんは言わないから。


 びっくりしたとしても、そこまで大きな声を出さず、目をちょっとだけいつもより開きながら「!?」くらいで終わるはずだ。


 それでまたクラスメイトからは「殺意のロックオン」とか言われて恐れられてしまうわけだけど、勘違いもいいところだから笑ってしまう。


 単純に驚いてるだけなのになぁ……。


「ところで、関谷君」


「ん? なに?」


 カフェオレをお盆から受け取ったところで名前を呼ばれた。


「その……アイン・クラフトのことなのですが……」


「? うん」


「……ゲーム機の配線の都合で……プレイする時、私の部屋に移動しなければならないんですよね……」


「……え……?」


「なので……えっと…………後で……私の部屋に……行きま……しょう……」


 もじもじしながら言う三月さんを見て、俺の頭の中は完全に真っ白になった。

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