第4話 おうちにお呼ばれされてしまった

その日の夜、俺はいつも通り出された課題をこなし、暇になったタイミングでゲームをプレイしていた。


 ゲームのタイトルは『アイン・クラフト』


 架空の世界に自分のアバターを作り出し、そこで実際に建築物を作ったり、食料を集めたり、時にはゾンビと戦ったりする、自由度の高いゲームだ。


 普段あまりゲームをプレイしない俺だが、こればかりはハマってしまった。


 よりリアルに近いし、やれることも無限にあるから、飽きる気配がないのだ。


「……よし、ダイヤモンド確保。これで十個目か。今日はツいてるな」


 そうやってブツブツと独り言を呟き、楽しんでる最中だった。


 ――ブブッ!


 突如、学習机の上に置いていたスマホが軽くバイブする。


 バイブの感じからして、あれはLIMEのチャット通知だ。どうやら誰かからLIMEチャットが送られてきたらしい。


「……佐々岡か、高津かな?」


 あいつらからならどうせくだらないことなんだろうけど、気にはなる。すぐに確認してみることにした。


 ゲームコントローラーを置き、立ち上がって机の上のスマホを手に取る。そして、画面を確認。


「……え?」


『三月弥生:こんばんは、関谷君。突然遅くにすみません。今日の四限の件なのですが、迷惑かけて本当に申し訳ありませんでした』


「み、三月さん!?」


 驚きだった。


 なんと、LIMEチャットの送り主は三月弥生さん。


 一応アカウントの交換はしておいたけど、メッセージをやり取りするようなことは今までなかった。


 会話なら朝と授業中にできるし、何よりも緊張して仕方がない。


 もちろんLIMEでも何か話せるなら話したいんだけど、これといった話題なんてすぐには思いつかないし、用もないのにメッセージを送っても気味悪がられるだけな気がする。


 ていうか、なら会話もしないのになんでアカウント交換なんてしてたんだよって話になる気もするんだけど、こうして今考えてみると納得できなくもない。


 いつも背中に……その……好き……とか、書いてくるし……。だから俺のアカウントを手元に置いときたかったっていうのもわからない話じゃないっていうか……。


「って、ば、バカか! そんなことあるわけないだろ! うぬぼれにも程があるわ!」


 一人で憶測に走ると、いい方にいい方に考えてしまう。


 冷静になれ。確かに交換しようって言ってくれたのは三月さんだけど、それは何か連絡事項があった時に役立つからってことに決まってる。


 ……決まってる……よね……?


「……とりあえず早いところ返信しないとな。待たせちゃ悪い」


 スマホを操作し、さっそくLIMEのアプリを開く。そして、三月さんのチャットルームへと入った。


 そのタイミングでだ。


『ごめんなさい。背中、くすぐったかったですよね?』


 即座に続けて送られてくる彼女からのメッセージ。


 俺が既読を付けたから、すぐに読んでもらえると思ってまた送ってきたんだろうか?


 そうなると、ずっと既読付けるのを画面とにらめっこしながら待ってたってことになるけど……。


「………………」


 想像したらなんか笑えた。


 これもまた俺の憶測に過ぎないけど、なんとなく三月さんならやりかねない。


 失礼だけど、どこか抜けてるところあるし、こういうSNSとかってあんまり得意じゃなさそうだから。


『くすぐったくなかったし、大丈夫だよ。あの時、ちょうど思い出したことがあって、それで声が出ちゃっただけだから』


 気にしないで、というフォント付きの猫スタンプと共に、メッセージを送信。


 すると当然ながら既読はすぐに付き、わずかな間の後、三月さんからもまたメッセージが送られてきた。


『本当に、本当ですか? 私、迷惑かけてませんか?』


『かけてないよ。安心して』


『ならよかったです……』


 メッセージの後、彼女は柴犬のキャラクタースタンプで安堵を表現してきた。


 三月さん、犬派なんだろうか? どっちかというと猫っぽい雰囲気なのになぁ。


『ちなみに、関谷君の思い出したことというのは何なんですか?』


 問われ、思わず固まってしまう。


 思い出したことなんて本当はないし、奇声を発してしまったのだってあんまりにも大胆に好き好きと書いてくるから、びっくりしてしまったのが原因だ。


 しばし、うーん、と考え、やがてなんとか俺はそれっぽいことを送ってみせる。


『最近ハマってるゲームで「アイン・クラフト」っていうのがあるんだけどさ、建設途中で放っておいた建物のこと思い出して、ついあんな声出しちゃったんだよ』


 我ながらなんて奇人チックな言い訳なんだろうと、送った後に思った。


 ゲームの中のことで何か思い出して授業中に叫ぶとか、完全にヤバい奴でしかない。


 これには三月さんもドン引きだろう。


 そう思っていたのだが――


『え! アイン・クラフト、関谷君もやってるんですか?』


『うん。最近やり始めた』


『本当ですか! 私もこのゲーム大好きなんです! 恥ずかしながら、結構やりこんでまして……』


 予想外の展開。


 何でも言ってみるものである。


 聞けば、三月さんは中学生の時からアイン・クラフトを結構プレイしてて、独自の街を展開してたり、すごく便利な武器だったりアイテムだったりをかなり持っているみたいだった。


『嬉しいです。まさか関谷君がこのゲームをプレイしてくれてたなんて』


『俺も嬉しいよ。でも、これで俺、三月さんに教えてもらってばっかりな立場になってしまった(笑)』


『気にしないでください。私は関谷君とお話できたりすること自体が大好きですから』


「……っ……!」


 突然の大胆発言にドキッとしてしまう。


 つい咄嗟にその後『俺も』というメッセージを送ったのだが、俺も俺でとんでもない。


 完全にこれは『大好き♡』→『俺もだよ♡』みたいなやり取りの流れだ。


 三月さんからのメッセージも返ってこないし、まあまあ恥ずかしいことをしでかしてしまった。穴があるなら入りたい……。


 俺はその場で悶え、自分を責めるしかなかった。


 しばらくの間の後、スポンっという効果音と共に三月さんがメッセージを送って来てくれる。


『関谷君』


『はい』


『今週の日曜日は暇ですか?』


『暇です』


『だったら、私のおうちに来ませんか?』


「へぇぇっ!?」


 おうち!? おうちって、ハウスのことか!? 


 それ以外に何があるんだよとツッコまれそうだが、それくらいに驚愕の提案。


 なんですか三月さん、やはり今の俺の発言をそういう意味だとお捉えになったということですか!? いや、全然いいんですけどね!?


 パニックもパニックである。


 俺はとりあえず部屋の中をぐるぐると歩き回り、返信した。


『一度も城に攻め入ったことのない男が、三月さんの家にお邪魔してよいのでしょうか?』


『お城ですか? お城のことはよくわからないですけど、いいですよ。一緒にアインクラフトやりたいです』


「ま……マジか……」


 何が起こっているのかわからない。


 わからないが、俺は半ば条件反射的に返信していた。


『わかりました。準備はしっかり整えてから赴きます』

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