第3話 こんなの繰り返されたら……ヤバい……

「ゆーりぃー! 聞いてくれよおお~! 俺、華の男子高校生二年目迎えたってのに未だに彼女がいねぇよおおお~!」


「ちょっ、危なっ! いきなり抱き着いてくんなって佐々岡! 弁当広げてる最中だろ!?」


 初夏の風が吹きつける昼休みの中庭。


 俺はそこでいつも通り、中学の時からの友人である佐々岡と高津との三人で、昼食を摂ろうとしていた。


「安心しろ佐々岡。なんだかんだ言って侑李にも彼女はいない」


「お前にもいないけどな」


 カッコつけるみたいにして、かけているメガネを中指でクイッとさせながら言ってくれる高津に対し、弁当を開けながら即座にツッコんでやる。


 ――高津良一(たかつりょういち)。


 こいつはクール系のイケメン男子なのだが、女性恐怖症ということで、俺や佐々岡と同じく、高校二年を迎えても未だに彼女ができたことがない。


「ふっ、バカ。僕は彼女を作れないんじゃない。敢えて作らないんだ」


「それって彼女できない奴が言う常套句みたいなもんだと思うけど」


「何を言う! そこまで言うなら証拠を見せてやろう! ほら、これを見てみろ!」


 言って、高津は懐から携帯用ゲーム機を取り出し、画面を俺に見せつけてきた。


『りょういち君、大好きにゃん♡ すっごくかっこいいにゃん♡』


 おおよそ現実ではあり得ない緑色の髪の毛をした美少女が、頬を赤らめて言ってくれた。


 ……画面の中から。


「……なあ、高津お前さ、むなしくなってこないのか?」


「はっは! むなしくなどなるものか! 僕には次元を超えた彼女、スピカたんがいるのだ! 三次元の女になど用はない!」


「あっ、高津君だー! やっほー!」


「ひ、ひぃぃぃぃっ! た、助けてくれ侑李ぃ! 三次元の女がぼぼぼ僕にははは話かけてきたぁぁっ!」


「はぁ……」


 向こうの方から手を振ってくれている女子三人組を見て、高津はみっともなく俺に抱き着いてくる。


 マジでなんでこんな奴がモテるのか理解できない。


 世の中やはり顔がすべてなのか……? いや、そんなことはないはずなのだが……。


 ため息をつき、抱き着いてきてるままの二人を引き剥がして弁当を食べ始めた。


 こんな感じの高校生活を俺はいつも送っている。


 特に友人が多いわけでもない。彼女がいるわけでもない。けど、平和で悪くないような、そんな生活だ。


 こういったものが卒業までずっと続くと思ってた。


 けど、現実はそうじゃない。


 まさか俺の身にあんなことが起こるとは……。



 昼休みが明けた午後の授業。四限目。


 昼食を食べたばかりで眠たくなるような時間帯。


 教壇に立ち、はつらつとした雰囲気で授業を展開させる社会科教師とは裏腹に、周囲のクラスメイト達はコクリコクリと舟をこいでいる。


 そんな中、俺は眠気など一切感じることなく目をかっ開いていた。


 こんな状況で眠れるわけがない。


 うしろの席に座る三月さんが、今日も今日とて授業中に俺の背中に文字を書いてくれているのだから。


『♡☆♡好き♡☆♡』


 ……こんな風にね。


 ちなみに『好き』という言葉を挟むようにして書かれたハートと星は、恐らくその文字を誤魔化すためのものだろう。


 一瞬書く手に震えが生じるから、すぐにわかるんだけどな……。


「すぅ~…………ふぅ~…………」


 落ち着くため、周囲に聞こえないよう俺は浅く深呼吸する。


 ……落ち着け。落ち着くんだ、関谷侑李。


 冷静になれた?ところで、ノートの切れ端を使って文字を書く。そしてそれをこっそりとうしろの三月さんに渡す。


『ハートと星の後、何か文字書いた?』


 あくまでわかってないふりをするスタイル。


 いや、正確には三月さんがバレないように頑張ってフェイクを入れてくれてるから、それをフォローするスタイル。


 しばしの間の後、彼女はクスッと小さく笑った。そして、背中にまた三月さんの指先が触れる。


『なにもかいてないですよ』


 テンションの高そうな筆圧。


『もしもなにかかいてたとしたら、それはわたしのほんしんです。一人ぼっちで、友達がいなくて、怖がられてる私なんかと仲良くしてくれますから』


 いや、もう隠す気ないよね? 部分的に漢字使ってもバレバレだよ……。


 ツッコミたい気持ちをどうにか抑え、俺は熱くなった顔を机の上に伏せる。


 ――が、彼女の追い打ちは止まらない。


『関谷君、♡♡♡大好き♡♡♡です。♡♡♡好好好好♡♡♡』


「っああっ!」


「「「「「――!?」」」」」


 あまりに大胆な告白なもんだから、俺は耐え切れなくなり、気付けば奇声を発して椅子から立ち上がってしまっていた。


 当然ながら突き刺さるクラスメイト達の驚きの視線、教壇に立つ先生からの怒りのこもった視線。


「……関谷、先生の授業は奇声を発してしまうほどつまらなかったかな……?」


「い、いえ……む、むしろ面白すぎて、と言いますか……」


「嘘をつくんじゃない嘘を! 廊下に立ってろ!」


 廊下に立たされるとか、小学生の頃以来だった。


 仕方なく教室の外へ向かおうとして立ち上がるのだが、そのタイミングでふと三月さんと目が合う。


「……ごめんなさい……」


 彼女は小さな囁き声で頭をぺこぺこ下げていた。


 それに対し、俺は「いいよ」とばかりに苦笑いを浮かべる。


 まあ、元々俺が突然訳も分からず出した奇声だ。三月さんに罪はない。


 あるとしたら……『大好き』なんてこと言ってくることだけど……。


「……気にしないで……」


 俺は小さな囁き声で彼女に返した。


 ああやって言われて、嬉しくないわけがなかったから。

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