街からの脱出

「いいですかねえ。その綺麗な亜人の方はあまり傷物にされると困るのでねえ。あまり外傷のないようにしてくださいねえ警備兵さん」

「わかってますよドンさん」


 囲まれた彼女らは、一歩また一歩と詰められる距離にじりじりと後退していく。


 もうだめかもしれない! 心の中で恐怖が爆発しそうになるきんぐ。刹那、ハナビが叫んだ。


「みんな! 目ぇ気ぃ付けや! 閃光花火!」


 ハナビが掌を上下にして思いきり叩き合わせて開く。一瞬のうちに手の中で花が芽吹き、そして弾けた。

 スタングレネードのように、眩い閃光とコケ脅しの轟音が周囲を包んだ。

 きんぐはハナビに言われた通りに、強く目を瞑る。すると、身体を持ち上げられた感覚があった。


「くそ! なんだ!」

「み、見えませんねえ! 衛兵は何をやっているんですかねえ!」


 耳の中でキーンと音がハウリングしている中、薄っすらと聞こえた段々と離れていく狼狽の声。あの場所から遠ざかっていると確信する。

 三十秒ほどでハウリングが消え、周囲の状況が明瞭になってくる。ぱっちりと目を開くと、ハナビに抱えられながらスラム通りを戻るように走っていた。同じく、前方にはイナリを抱えたオリガミが走っている。


「お嬢ちゃんえらい軽いなあ。おかげで助かったわぁ」

「このまま反対側の関所まで突っ切ります! 彼らはきっと逃げた先まで追ってきます。相対するのならばそこで」


 意を決した声色でオリガミは言う。

 そう、SFにおいてPvPは綿密な下準備が勝敗を分けると言っても過言ではない、攻め込む側は特に。


 相手の人数や能力、役割、力量。様々な情報を適切に取り入れ、逆に、相手には情報はできるだけ流さない。トッププレイヤーの面々は、PvPは情報戦、と口をそろえて言っていた程だ。

 そんな定説のある中、相手の情報がほとんど分からない状態で多数対少数戦をするのは愚策中の愚策。戦いというものは守る側の方が有利である場合が多い。


 そこで、簡易的すぎる案ではあるが、街の外で待ち伏せし自分たちが防衛側になるという、とんちのような状況を作り出そうという魂胆なのだ。


「街中は土地勘がある彼らの方が有利です。相手の打つ手によっては先に逃げるための時間をかけていられない可能性もあります。もしもの場合は、止むを得ませんが……、街中で血を流すよりは遥かにマシです」

「どんな能力を持ってはるのか全くわからへんし。でも、オリガミはんがいれば何とかなると信じましょ」


 路地を道なりに走っていると、人通りの多い大通りに出る。裏路地での騒動など知らない、日常的な人の往来が繰り広げられていた。


「大通りに出ましたね。人を抱えているとかえって目立ちます。お辛いでしょうが、ここからはお二人にも歩いてもらい、なるべく急ぎ足で関所を目指します。この大通りを真っ直ぐ北に進めば関所です」

「……大丈夫です。お陰様で、だいぶ、楽になってきた、ところです」


 ハナビとオリガミは神に恵まれない者達の二人を降ろし、早足に北へ歩いていく。

 向かう先は関所。街の人はあまり街の外に出ることはない。

 普通、力のない者にとって外は危険なのだ。きんぐたちがゴブリンに襲われたように、街の外にはエネミーモンスターがポップする可能性がある。

 その手のモンスターを討伐するのが元SFのプレイヤー、『開拓者』の役目だった。開拓者以外がこぞって外に出ることは商人NPCなどの例外を除いてはほとんどない。そのためか、向かう方向から人が流れてくるばかりで少々歩きづらいが――。


「くそ! 我々は警備衛兵だ! 犯罪者が周辺を逃走中、速やかに道を開けろ!」

「おい! 王国騎士団に連絡を入れておけ! 奴らは謎の魔法を使う。俺達には手に負えない可能性がある」


 それは警備兵も一緒だ。警備兵の警告は街行く人々の混乱を呼ぶ。パニックになった人々は一斉に別々の方角へ逃げようと走り出す。警備兵は人ごみに足止めされて関所へ逃げる時間は稼げたようだが、兵員の一部が王国騎士団への連絡係として別行動を始めた。


「みなさん。もうすぐ関所です」

「あーもうしゃらくさいわ! どうせ犯罪者として追われるのやったら、ドカンと一発かましたるわ。今度はコケ脅しや済まないで!」


 後方で起こっている混乱を尻目に目の前に迫ってくる高い壁。街の出入り口である関所は衛兵や警備兵の詰所が併設され、重厚な鉄扉で閉ざされている。そこに向かってハナビが手のひら大の種子を投げ込む。


「みんな瓦礫に気ぃ付けや! ドデカい花咲かせたる! 爆砕の業華エクスプロード・フラワー!」


 ハナビが詠唱した瞬間。種子の投げ込まれた辺りから閃光が迸る。そして、凄まじい轟音と爆風を放って目の前の巨壁を爆砕する。破壊された壁は大きな瓦礫と小さな破片、そして目隠しをするような砂埃を上げて崩れた。


「……身に降りかかる瓦礫は私がどうにか致します。演舞、神隠し」


 二つの人魂がイナリの周辺から浮き上がってくるように出現し、四人に向かって降ってくる瓦礫を吸収していく。

 街を覆う壁には直径五メートル程度の大穴が空き、穴を覆い囲むようにツタを張った巨大な一輪の花が咲き誇っている。


 街の人々は追われている四人と四人に対して危険を知らせる警備兵の状況を見て、四人の事を危険人物だと思っていたために、四人に近づく者はおらず、住人への瓦礫の被害はなかった。

 しかし、ハナビの所業を見て、危険人物なのかという疑心が確信へと変わってしまったも同然だ。

 街人たちは関所を爆破したハナビたち一行に恐怖を覚え、悲鳴を上げながら街中へと逃げていく。その人流に飲まれた警備兵たちは、再度立ち往生することになっていた。


「今です! 一気に走り抜けますよ!」


 警備兵の足止めができていることに気付いたオリガミは、それを好機とみて残りの三人にゴーサインを出した。

 四人は足元の瓦礫を避けながら大穴を潜り抜ける。併設された詰所の警備兵は出払っていたのか、人的被害があったような形跡はない。


「はあ。ねえ、オリガミ。はあ。警備兵が足止めされているのなら、このままあそこの森まで走っていけばうまく撒くことができるんじゃない?」


 きんぐは息切れしながら正面に薄らと見える、かなり距離の離れた森を指さしてオリガミに提案する。しかし、オリガミはそんな様子のきんぐとその横の肩で息をしているイナリを見て尚更そんなことはできないという風に首を横に振った。


「いえ、それは厳しいかと思います。私としても、そこまで逃げ切ることができるのならそうしたいです。ですが、貴女もそうですがイナリさんだって、その様子だとあそこまで走り切るのは困難でしょう」

「そうやで、お嬢ちゃん。オリガミはんの言う通り、イナリはんもきんぐはんも、見たところスタミナにはステータスあんまし振ってへんのやろ。相手は警備兵や。腐っても体は鍛えているはずやし、せやったら、うちらのスタミナが切れる前に奴らをどうにか戦闘不能にしてからの方が安全やと思うんよ」


 オリガミとハナビがきんぐを諭す。きんぐは「そう、かもしれないわね」と理解を示すも、そもそも自分たちに数十人の警備兵を退けるだけの能力があるのかと、不安そうな顔でうなずいていた。


「いい機会です。私たちの固有能力について何も話していませんでした。どうでしょう、敵が来る前に戦力の確認のためにも、それぞれの固有能力を知っていた方がいいと思うのですけど」

「せやな。うちも貴女たちの固有能力知っときたいわ」


 ハナビとオリガミの二人にそう提案され、きんぐとイナリは顔を見合わせて「……どうしましょうか」と小声で議論が始まる。


「……私は賛成です。このような不測の事態、上手な連携を取るには味方の戦力を知っておくのは重要なことだと思いますけど」

「まあ、そもそもイナリは大まかな能力は周知されているわけだし、妾も別に能力を隠しているわけでもない、それに妾は能力使わないと貢献できないし……」

「……それでは開示するという事でいいですね」

「ええ。そういうことになったわ、オリガミ。でもやっぱり、もう少しあの森に近づいておきましょう。もしもの時に備えてね」

「たしかに、そうしたほうがいいかもしれませんね。それでは歩きながら軽く話しましょうか」


 結論が出た二人は、オリガミとハナビに自分の能力を開示する旨と遠目に見える森林地帯へ近づきたいという旨を伝えると、オリガミはそれに納得し、四人はゆっくりと壁から離れていきつつ、それぞれのもつ能力の説明を始めた。


「では私から行きましょう。私の固有能力は折り紙で作った物をほぼ本物にすることができる能力です。こんな風に――」


 オリガミは懐から折り紙で折られた風船を取り出し、それに空気を吹き入れ、ポンと宙へと投げて見せた。すると、普通ならばすぐに地面に落ちるところだが、オリガミが投げた風船はヘリウムガスが入っているかのように、高く高くへと上がっていく。


「本物と同じ性質を持たせるタイミングは任意です。私がそうしようと思うだけで本物とほぼ同質になります。こんな感じで何も折っていないオリガミも懐に数百枚入れてあって、紙さえあればどんな紙だとしても能力を行使できます」


 オリガミの能力。折り紙で折った物を任意のタイミングで本物のそれと同じ性質を持たせることが出来、大きさも本物同様になるが、本物のサイズが定格でないものは、その平均の大きさになるようだ。


「ですので、折り紙手裏剣なんかは、大量に作れて且つ実用性が高いので、この袴の至るところに入っています。あっ、この刀は折り紙じゃなくって伝説級レジェンドアイテム『大刻桜花たいこくおうか』。ボスエネミーからのドロップ品ですがね」


 SFのアイテムには大きく分けて、各ショップでの購入、クエスト報酬、エネミードロップ、スキルによるアイテム作成の四種類の入手方法があり、レアリティは低級コモン中級アンコモン上級レア超級エピック伝説級レジェンド神話級ミシックの六段階。そのうちの下位三段階はほとんどが消耗品、逆に上位三段階は装備アイテムが大きく割合を占めている。


 伝説級アイテムは、エネミードロップとスキルレベルが最大のアイテム作成スキルでしか入手することができず、神話級アイテムに関しては、ボスエネミードロップでしか入手の確認はされていない。

 そもそも、超級以上のドロップはかなりの低確率。狙う場合はそれなりに根性が必要になる。あるアイテムを入手するのにリアルで一年かけたプレイヤーもいるほどなのだ。


 伝説級と神話級は入手方法がとても厳しい代わりに、その含有する力は凄まじく、練度の高くない固有能力くらいならば、それを凌駕すると言われている。

 そして、伝説級以上のアイテムはそれぞれがSFの世界に一種類ずつしか存在できず、一度ドロップすると二度と同じ方法での入手はできなくなり、所持しているプレイヤーから何らかの形で入手する他にない。

 過去には神話級アイテムがゲーム内で競売にかけられ、リアルマネーで七千万円で落札されたという逸話があったりするほど。


 オリガミの持つ『大刻桜花』も伝説級アイテムの一種、強大な力を持つ武器に変わりない。

 きんぐは神に恵まれない者達で保有する伝説級アイテムに関する知識を持っていることに、オリガミの実力も伴ってか、少しずつ不安感が紛れてきていた。


「次はウチやんね。ウチの能力はいろんな性質を持った花を咲かせることができるんや。さっきからたびたび見せているから薄々わかってたと思うんやけど、まああんなことしたり、薬作った時の炎の花なんかもウチの能力やで」


 ハナビはあんなことと言いながら崩壊した壁の方を指さす。そこにはこれ以上の壁の崩壊を抑えるかのように直径二メートルほどの花が咲いている。


「枯れるまであの花は咲きっぱなしや。ここら辺の土はそこそこに栄養がありそうやから三日間くらいは耐えるんちゃうかな。どうや、凄いやろ。一応あれがウチの最大威力や」

「……凄い威力です。あそこまでの破壊力を一撃で出せるとは、それに生活系スキルも担っている。利便性に富んだ素晴らしい能力ですね」

「へっへん。せやろ!」


 得意げに話すハナビ。確かに、厚い鉄扉や石壁を吹き飛ばすほどの破壊力は凄まじいと言うほかに形容しがたい。そして未だ微妙にその花は成長し続けていて、穴を塞ぐように根を伸ばしている。


「……あの調子なら、もう少し時間を稼げそうです。それでは私の番です。このように人魂を操作して、スキルを行使している人か魔法陣などに当てることで、すでに発動しているスキルを無効化。それと飛び道具や魔法の吸収、放出をすることができます。放出はこの鉄扇の日の丸からしかできません。吸収だけをする場合は無制限ですが、放出は人魂の数分かずぶん吸収したものを記憶して一度だけ、同じ威力で放出が可能です。人魂は基本自分が倒したモンスターやプレイヤーの数だけ増えます」


 イナリの周りで三つの人魂が浮遊している。可視化状態だと能力の発動ができるようになり、不可視化状態にすることで人魂の数と場所を悟られないようにできるというわけだ。


「へえ。動画で見たことあるけど、改めて詳細聞いてみると凄い能力やねえ。ちょっと難しいわ」

「スキルの無効化に吸収……。なるほど、吸収と放出は相手依存なので、確かに素の戦闘力は低いかもしれませんが、相手によっては完封することもできるのでは――。流石の能力です」

「……ありがとうございます」


 ハナビとオリガミからの賞賛に、少し照れる様子を見せながら軽くお辞儀で返事をするイナリ。


「じゃあ、妾の能力の説明を――」

「……きんぐさんは私の背後に!」


 きんぐが口を開いたとき、大穴の方から爆発音が響いた。音の初速が届くか届かないかの一瞬の合間に、オリガミ、イナリ、ハナビの三人が一斉に臨戦態勢を取った。

 いざ、自分の力を説明しようとしていたきんぐは、オロオロとしながらイナリの言うとおりに行動する。


 オリガミが大刻桜花を抜く。薄桃色ベースの刀身、刃の部分は薄紫色に煌めき、刀身全体に桜の花びらの紋様が施された美麗な刀だ。

 右手の人差し指を鍔に軽くつけ、左手を添えるようにその下へ持ってくる。剣道に似た構えを取りオリガミが大きく深呼吸をして声を発した。


「敵が、来ます!」

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神に恵まれない者達 烏井ウミネコ @UmiNek0

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