集合

「遅い! 集合時間何時だと思っているの⁉」


 木製の円卓にバンと両手をつき、きんぐは憤慨した。


 メンバーが時間にルーズ過ぎて集合時間に間に合わないと、日頃から気にしていた、皆は一切裏切らない。案の定の結果だった。


「まあまあ落ち着くんだ姫よ。ちょうど集合時間になったところだろ。そうカリカリしなさんなって、直に来るからよ」


 ニカニカと、怒れるきんぐを諭すのは、深緑色のローブ来た筋肉質な男。彼の頭上には『おでん』と表示されている。


「本当? みんなが時間を守ったことなんてほとんどないんだから」

「やつら寝坊助だからなあ! アッハッハ!」

「妾が怒っているのはそういうとこなの!」


 再度、きんぐは円卓をたたいた。耳をピンと立て髪をも逆立てながら怒っている、と体が表現している。


「じゃあ、誰が次に来るか賭けるか? 負けたら勝ったやつの言う事を一つ聞く、ってことで」

「お、いいじゃねえの。な、姫もそれでいいだろ」

「え……。わかったわよ」


 その場にいたもう一人。鮭フレークが話題を変えようと提案する。時間通りに来た人だけが楽しめる遊びに、面白そうだと意気揚々と乗ってきたおでん、半ば強引にきんぐも参加させられることになる。


「じゃあ、俺様はルナが来るに賭ける。なんだかんだ集まるのは早い方だからな。遅れてるけど」

「妾は……、イナリかな。良い子だし」

「俺は深冬みとだな」


 三人はそれぞれ、次に来ると思うギルドメンバーを予想すると、席について落ち着き、雑談しながら人が来るのを待つことにした。


 一分もしないうちに、円卓の目の前にそびえる重々しい両開き扉が軋む音が聞こえた。


「おっ、来たか」


 三人の視線が扉に釘付けになった瞬間、円卓の中央が黒く渦巻いた。まだ、三人は気づいていない。


「じゃじゃーーん! あちきこそが、スキルファンタジア、キョウフのデンドウシ。フィアさまのおデましだー!」

「ひゃああ!」


 突然、目の前に現れた人影にきんぐが悲鳴をあげた。


「それやめてっていつも言っているでしょ!」

「アッハ! カスミはいつでもヒメイをキかせてくれるからヤめられないのさ!」


 きんぐがその人影の正体に気付くと、上機嫌な声色で黒い影は言った。その影は、次第に色を取り戻し、人たらしめる外見へと変化しする。頭上にはずっと『フィア』と表示されていた。


 そんなことが起こったのと同時に扉が開き、二人の少女が顔を出す。


「……間に合いましたか?」

「こらーっ! みとくん、ルナの事無視しないでよ!」


 黒い浴衣を着た狐面の少女――『イナリ』と、巫女服に兎っぽいアレンジを加えた服の少女――『ルナ』が円卓の間に集まり、静かであった円卓の間を賑やかにした。


「ルナのモクテキはユキにアいたいだけでしょ。イエがチカいからってオこしにクるのはいいけど、あちきはもうユキにオこしてもらってたからね」


 ぷんすかという擬音が似合うような仕草で、ルナは垂れていたうさ耳を力いっぱいにピンと立ててフィアに詰め寄るも、やれやれといった風な素振りでフィアは答える。


「だからって、ルナが起こしにいくって言ったんだからー。もう起きてるならなんか一言くれてもよかったじゃーん!」

「だったらクるのがオソかったんだね。ザンネーン!」

「もう! みとくんなんて知らない!」


 ベェと煽るように舌を出すフィアの顔を見て、ルナはぷいと、不機嫌そうに口を尖らせ、そっぽを向いた。


「……お二人はいつも仲がいいですね。幼馴染だからでしょうか?」

「というよりも姉弟きょうだいみてーだよな。そこは昔から。はっはっは! まあ仲がいいのはいいことだぜ! な、ふゆこ」

「フユコってヨぶな!」


 フィアの頭をガシガシと撫でながらおでんが茶化す。


「もう! みとくんの事、昔みたいにふゆちゃんって呼ぶからね!」

「やめろってーー!」


 わいわいと、人が集まりはじめ、自然と会話が増えて雰囲気も明るくなった。


「あとは、寝坊野郎二人と、バイト組だな。もうそろそろ、なんで集まったのか話し始めてもいいんじゃないか?」


 鮭フレークの鶴の一声で、メンバーたちは談笑しながらもそれぞれ、席に着く。それと同時に、また扉が開いた。


「お、おつかれさん」

「いやー、僕らバイトちょっとだけ早く上がれてさ。早めにこれてよかったよー」

「ごめんなさい! 遅れちゃって」


 入ってきたのは、ザ・平凡な青年。くせ毛の黒髪に夏服の学生服を着た、そこらへんに歩いていそうな普通の高校生――プレイヤーネーム『セツナ』。そして、その隣には、綺麗なストレートの茶髪でセツナと季節感が真逆の冬服の学生服を着た少女――プレイヤーネーム『アイ』。


「いいのいいの。バイトは正当な理由だからな」

「これで、結局最後まで来ないのは寝坊常習の二人ってわけね。まったく、人の時間をなんだと思っているのかしら」

「いつも通りだね!」

「そうやって片付けるのはよくないと思うんだけどよ。いつものことと言えばいつもの事なんだよなあ」


 あきれたような口調できんぐはため息交じりに文句を吐いた。対して、あまりフォローにはなっていないものの、おでんとルナはフォローしているつもりで意見する。

 すると、セツナとアイが来てからずっと開いていた扉の方から足音が聞こえてきた。


「余が、約束の地に降臨した! さあ! 来たぞ!」

「空気読みなって、遅刻したんだよ。素直に謝るんだ」


 たった今、神に恵まれない者達のメンバーが全員、ギルドハウスの円卓の間に揃った。

 赤と青のオッドアイを輝かせる吸血鬼――プレイヤーネーム『カガリア』と、タキシードに身を包んだどこまでも傲慢な態度の男――プレイヤーネーム『マガアラタ』が、集合時間を三十分過ぎたころに、やっとたどり着く。


「みんな。ごめんよ」


 カガリアが頭を下げる。そこにすかさずおでんが「いいっていいって、反省してるならよ。俺様たちもそこまで怒っちゃいない。いつものことだしな」と声をかける。


「アラタも謝りなって」


 カガリアは促すように、マガアラタの背中を押す。すると不満げにマガアラタは「すまんな」と謝った。


「次はないぞ。わかったな、これっきりにするんだな。遅刻は」


 怒っているのだろうが、逆に落ち着いた声で、鮭フレークは二人に一喝する。


「……善処しよう」


 マガアラタは頭を掻きながら申し訳なさそうに言った。


「さてと、まあなんだ。全員集まったわけだし、席に着きな、姫からのありがたいお言葉だぜ」


 今度はおでんがそう言うと、まちまちに席に着きはじめ、きんぐだけが立ち上がった。


「コホン。先の大会で、妾たち『神に恵まれない者達』は二位という結果だった。それはみんなわかっているのよね」


 きんぐはそう切り出すとそこからミニ反省会が始まる。


「くっ、不甲斐ない」

「まあそこは問題じゃないの。問題なのは妾たちはほぼ無名のギルドに一位の座を明け渡してしまったわけ。してやられたのよ。三年前に妾たちがやったようにね。それに、ダブルスコア以上の差を付けられた。相当な実力者なのは間違いないわ」

「ルナたち、全く接敵してないんだよね。見てないし」

「……わたくしたちのギルドが二倍以上の差を付けられたのは、もはや見事と言うほかないです」

「一応、キル数の個人ランキングにも目を通してみたんだが、一人で二百ポイントも稼いでやがるとんでもないプレイヤーだった。プレイヤー名はノウェム。『Nombers』所属ってこと以外にほとんど情報がないから、どんな能力でどんな戦闘スタイルなのかはわからなかった。ただ、あの短時間にそれだけキルできるってことは移動系のスキルを持っているんだと思う」

「一人で二百ポイント……。すごいなあ。僕も移動系だけど制限時間たったの四時間で二百人もキルできないよ」

「ギルド『Nombers』。構成人数は十人だったが、今回の大会に何人参加してるかは正直わからないな。SFの大会はとしての参加なら、人数の上限下限が特にない。なんだかんだで放任的な大会が多いからな」

「事前の情報収集がいかに大事かわかりますね」


 プレイヤーの自由度と行動力の必要性を重視したSFの大会のあり方に、納得の色を示すアイ。鮭フレークも「そうだな、行動は大事だ」と頷いた。


「次回は早めに対処しないといけないだろうね。どうしようか」

「ふんっ。なにをグダグダ言っているのか。どうすればいいかなど、簡単なことではないか。余たちが強くなればいい。スキルの構成を見直し、対策すればいいのだ」

「アラタって、たまーにセイロンイうからコマるよね」


 真剣な声色で、マガアラタが頭を抱えるカガリアを含めた皆に対して、喝を入れるように言った。フィアもその意見に賛同のようだ。


「接敵してないからよ、俺様達と相手との力量差がわからないから困ってるんじゃねえの?」

「おでんの言うとおりだ。情報がないことには何も始まらない。今後、『Nombers』の情報を最優的に集めて、上位五位以内のギルドに対する対策案を練る会議でも定期的に開くとしよう。とまあ、こっちの話はこれくらいでいいか? カスミ」


 鮭フレークが出てきた意見をまとめ、対策のための情報収集をまず始めるという事で、一旦、反省会には区切りがついた。


「カスミって……もうみんな自由に呼んでるし。こほん。そうね、大丈夫。今日、みんなに集まってもらったのは、なにもこんな反省会をするためだけじゃないわ。もうひとつ、というよりも、こっちの方がメインで集まってもらったの――」


 小声で本名呼びに対して文句を言う。一つ咳払いを入れるときんぐの眼の色が変わった。いつになく真剣にメンバーの事を見つめるきんぐの姿勢に呼応するように、一部を除いて真剣に見つめ返してくる。


「『十二月二日、二十一時半から二十三時頃まで、昨日のギルドランキングバトル参加者におきまして、参加賞も含め、称号及び大会参加賞の贈呈式、もとい懇親会を行いたいと思います。二十一時より、本ゲームにログインなされている大会参加者は転送の承諾をいただいた後、自動的に会場へ転送されます。転送された後は自由に動いていただいても構いません。懇親会が終了したのち、本ゲームは大規模アップデートを予定しておりますので、どうぞご期待くださいませ。 運営一同』」


 きんぐがメッセージを読み上げた。どうやらそれは運営から届いたメッセージのようだった。十二月二日、今日の事だ。


「って、多分各々の元に届いていたと思うのだけど。ま、貴方たちのことだし読んでないんでしょう?」

「運営からのメッセージなんて普通ちゃんと見るか? ソシャゲのプライバシーポリシーとか利用規約みたいなもんだろ。俺様は勿論見てねえぜ!」


 おでんが元気よく答えた。その様子に、きんぐは呆れたようなため息を吐きながら話を続けた。


「まあいいわ。参加するか、皆の意見を募ろうと思ってね。参加するなら妾はこの姿じゃなくて、おじいさんの姿で参加する予定だけど。みんなはどう?」

「……私は構いませんよ。きんぐさんが参加するのならばついていくまでです」


 イナリがそう言うと、各々が首を縦に振るなどそれぞれ肯定の反応を示す。


「そんじゃま、なんだかんだでそろそろ時間だな。『Nombers』の奴らに会えると面白れぇんだがな。俺様とタイマンで勝負してもらうぜ」

「そんな会じゃないんだぞ元希げんき。まあ俺も奴らのことは気になるがな」

「こらこら、血気盛んな男子たち! 懇親会なんだから。仲良くしなきゃだめだぞ」


 ルナがきんぐを抱きかかえながらおでんと鮭フレークの会話に割って入る。抱えられたきんぐを見て鮭フレークとおでんは同情の目を向けた。


「こら! やめて! 今幻術使うわよ! いいの?」

「やだよー。かすみんはこのままの小さくって可愛いかすみんでいてよー」

「姫も大変だな」


 そうこうしているうちに、ピコンと全員の視界の中央に、全体転送を承諾するかどうかの選択肢が現れた。いつのまにか時刻は二十一時を回っていたようだ。


「もちろん承諾しようじゃないか。余よりも強い相手を求めて。懇親会とやらへはせ参じよう。」

「「承諾」」


 口をそろえて叫んだその言葉が、音声認証式の選択肢に反映されると、ギルドハウスの円卓の間は、青白く輝き始める。大規模転移魔法。運営のみが使用できる大人数を一斉に決められた場所へ転送することのできる魔法が、今、幾何学的な魔法陣を描いて発動準備にかかる。

 再度、強く発光すると、円卓の間を覆うように描かれた魔法陣が高速で回転を始める。


「あれ? かすみちゃんその姿でいいの?」

「あ。そうだっ――」


 アイに指摘されて自分の姿が素のままなことに気付いたきんぐだったが、あと一歩遅かった。転移魔法は完全に発動し、メンバー一人一人を光の筒で包み込む。


 刹那、急激に強い衝撃が走った。まるで、何かに殴られたかのような強い痛みが頭に迸る。


「い、意識が――」


 神に恵まれない者達のメンバーたちの意識は白い光と共にホワイトアウトしたのだった。

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