VS.鮭フレーク・カガリア

 一年に一度開催されるランキングバトル。ギルドのキルポイント合計でランキングが決まる。


 その第八回ランキングバトルもいよいよ大詰め。もうじき制限時間を迎えようとしていた。


「そろそろ時間か、今年は全滅させるの無理だったね」


 月光が反射した青白い肌。胸の辺りを大きく開放したワイシャツを着た細身で顔色の悪い男。吸血鬼である彼はギルド『神に恵まれない者達』の一人。プレイヤーネーム『カガリア』という。カガリアは紅と空色のオッドアイでヴィンテージの懐中時計を眺めながらぽつりと呟く。


「今年は、じゃなくて今年も、だろう。全滅勝利と言っても、三年前の初参戦の時だけしか達成してないじゃないか」


 頭の後ろで手を組んでいる緑髪のエルフの男。ファンタジーな見た目に反して、デニムに真っ赤なスニーカー。白いポロシャツという現代風のカジュアルファッションという出で立ち。ギルド『神に恵まれない者達』のブレーン、プレイヤーネーム『鮭フレーク』。服装は彼の現実でのファッションを踏襲した、仮想世界に囚われない鮭フレークという人物の人間性が垣間見える。


「初戦はインパクトが大事! と、随分と我が君が張り切っていたから、我々としても頑張らざるを得なかったよね。スキルファンタジアがサービスを開始してから五回目くらいの大会だったかな。いやー、知識ゼロから死ぬ気でスキルやらなんやらの熟練度上げたからね。死ぬかと思った」

「運がよかった。という言葉に尽きるな。最近はプレイ人口も増えて、大会に参加するプレイヤーも増えたから全滅はほぼ不可能だろうし」

「あの時はアラタとフィアが凄かったから。おれは三つギルドを壊滅させたけど、鮭はどれくらいの戦績だったっけ?」

「俺は一つだ。人数は四人の少数ギルドだったが……。そもそも俺の能力ユニークは集団戦に向かないんだよ、お前らと違って――」


 夜の森の中を談笑しながら歩いていた二人の会話は、突然脳内に流れ込んできた機械音声によって遮られた。


『――ランキング一位ギルド。神に恵まれない者達所属 アイ、セツナの脱落をお知らせします』


「「――っ!」」


 ランキングバトルでは、上位十位以内のギルドメンバーが脱落リタイアした場合、全体アナウンスでその旨が知らされる。


アナウンスに遮られた会話はそのまま続くことなく終わった。無理もない、仲間のリタイアが知らされたのだ。これまでの三年間、ギルド『神に恵まれない者達』のメンバーは大会で一度も脱落者を出したことがないからこそ、二人の間には衝撃が走った。


「あーっはっはっはっは! 聞いたか? 野郎ども」


 アナウンスが流れて数秒も経たないうちに、茂みの中から男の笑い声と共に、真っ赤で金色の刺繍が施されたゴージャスで重厚感のあるジャケットが草木の隙間から主張激しくジャラジャラと音をたてながら登場した。ギルド『バルバロ海賊団』の船長である。プレイヤーネーム『バルバロ』。


「初出場から三年間。一度たりとも脱落者を出さなかったあの! 神に恵まれない者達が! 脱落者を出したんだってよォ!」


 どっと子分たちが笑い声をあげた。茂みの中から約三十人、似たような茶革の半ズボンにストライプシャツ。色とりどりのバンダナが緑一色の森の中に彩を与えていた。


「……丁寧な紹介、光栄だよバルバロ。どこからつけてたんだ」

「おっとトップギルドともあろう人間が、こんなバルバロ海賊団のような中規模ギルドを知ってるたあ、それこそ光栄なもんだがね」


 ニヤリと不敵な笑みを浮かべているバルバロに対して、対抗するように鮭フレークも口角を上げる。


「何を言ってるんだ。大会のたびに毎回のように俺たちに突っかかって返り討ちにあってるんじゃあ、嫌でも名前を覚えるだろ」

「言ってくれるじゃねえか。でも、今回はフィアとかいう小僧はいないようだし、この人数差だ、連勝記録もそろそろ打ち止めだぜ、お二人さん。野郎ども! 準備はいいか!」


 バルバロ海賊団の子分たちが一斉にサーベルとフリントノック式の銃を取り出した。


「人数差ねぇ。おれ達がどんなギルドだったか忘れたのかい?」

「なんだと?」

血染めの瞳ブラッディ・アイズ吸血鬼爆誕スカーレッド・ショック!」


 カガリアの碧い目が深紅に染まる。体を屈ませ、右手を顔の前に持ってくるとそこで拳を握る。カガリアが力んだ時、肩甲骨の辺りからその体を覆うほど大きな蝙蝠の羽が、飛沫が噴き出すように顕現する。その反動で生まれた真っ赤な衝撃波が海賊団諸共森林フィールドの一体を吹き飛ばした。


「ククク……。そうこなくっちゃなあ! 構えろ野郎ども! 俺はカガリア、お前らは鮭フレークを狙え!」


 バルバロは腕をクロスさせるだけで、猛烈な風圧から体が吹き飛ぶのを防いだ。凄まじいバイタリティーを見せる。他にも十数人ほど、どうにかこうにか生き延びた者も見受けられる。過半数には満たないが約半分が吸血鬼の本領を発揮したカガリアの初動技によって脱落したようだ。


「いや。お前の相手は俺だ、バルバロ。カガリア、他は任せたぞ」

「任された」


 カガリアは羽を羽ばたかせると自身の体を空中へと持ち上げ、そのまま滑空し吹き飛んだ子分たちの元へ向かって飛んでいく。


「貴様がこのバルバロ様と戦うのか? 俺はもっと強い奴と戦いたいんだが」

「俺じゃあ実力不足だと言いたいみたいだな。少なくとも俺はお前よりも強い自身がある」

「その言葉、嘘じゃないだろうな。まあいいぜ。強い相手なら文句は言わねえ。俺は強い相手と戦うためにお前らを追っているんだぜ!」

「ああ、期待に応えてやるよ。いくぜ!」


 鮭フレークの掛け声と同時に、バルバロはサーベルを抜き、大きく振り上げながら鮭フレークとの距離を詰める。


「もらったあ!」


 鮭フレークの脳天から切り落とす勢いでサーベルを振り下ろす。鮭フレークは腰を屈めて左腕でその刃を受ける。すると、カンッ、という金属音を立ててサーベルが弾かれた。


「なに⁉」

透明盾シールド・オブ・インビジブル伝説級レジェンド装備アイテムの『インビジブルシリーズ』の一つだ。相手にも俺にも視認することができない、融通の利かない透明な盾。こいつの強みは、大きさが分からないってことだぜ。流石にステゴロで武器持ちと戦う気はねえ」

「そうだったな。いくらとはいえ、勝負には公平性も必要だ。ほら、受け取れ」


 バルバロは腰についた予備のサーベルを鮭フレークの近くの地面に投げ刺す。鮭フレークはそのサーベルを抜きとった。


「それでこそ、俺が求めた一騎打ち。高まるぜぇ。スキルなんて小細工はなしだ。フィジカルで殺り合うぞ!」

「言われなくてもやってるさ!」


 二人はほぼ同時に踏み込んだ。バルバロは上から、叩きつけるように。鮭フレークは下から、薙ぐように。二つの刃はぶつかり合い、薄い刀身が当たったとは思えない衝撃波を生んだ。


「――そんなヒョロっこい体形で俺の剣を受け止める力があるなんてな……」


 ギリギリと金属の擦れる音が耳につく。バルバロは握りしめたサーベルに力を込め続け、徐々に鮭フレークを圧していく。


「まだまだ。こんなもんじゃないぞ」


 鮭フレークがここで力を抜く、サーベルの刃を自分のいない方へと流し、バルバロのサーベルをいなすように躱す。そのまま地面に突き立てたサーベルを支点に地面を蹴り上げ、バルバロの後頭部に回し蹴りを喰らわせる。

 突然の出来事に対応できなかったバルバロはノーガードで蹴りを喰らい、地面へ突っ伏した。


「どうだ。俺は小手先の技術で個人戦を生き残ってきたんだよ。やっぱ、返すわこれ。やっぱ俺は拳の方が好きだ」

「……。ふっはっは。舐めてくれるじゃねえか。いいだろう。小細工なしでお前に勝とうとした俺が馬鹿だったよ」


 ゆらゆらと起き上がりながらそう言うと、ベルトにつけられた年季の入りのスキットルを取り出し、中身の液体を一気に飲み干した。

 バルバロが空になったスキットルを投げ捨てると、カラカラと音を立ててその場に転がる。


「取っといてよかったぜ。博打製品ギャンブラー・アイテムナンバー七十五。ランバリオンの水! ランバリオンの水はバフとデバフの両立された〈興奮状態〉になり攻撃力STR瞬発力AGIが上がる代わりに、防御力VITが大幅に下がる、バルバロ様にピッタリな博打的ポーション。短期決戦用アイテムだが、今まさに最適な道具だぜぇ!」


 鮭フレークとバルバロとの間合いが一気に狭まった。バルバロは飛び上がり、サーベルを振りかぶる素振りを見せつつ、鳩尾目掛けて膝蹴りを入れる。

 間一髪で鮭フレークは盾を持っていない方の腕を間に挟むことで衝撃を微かに緩和した。


「ふう、効いたぜ。今のは」

「だろうな。渾身の一撃だ。ガードされようとも、そこそこダメージ喰らってもらわなきゃ困るぜ」

「だが、俺の勝ちは確定したな」

「何を言っているんだ。圧倒的にバルバロ様の方が有利だろうが、トップギルドのメンバーを倒せば名前が売れるぜ!」

「二回も俺らとやり合ってりゃ。大会の配信で名前は売れてるだろうさ!」


 サーベルを再度振りかぶり、鮭フレークに切りかかった。


「やばっ――」

血の束縛スカーレッド・バインド!」


 どこからともなく、紅い閃光が目の前を迸った。空間の中に木の根のように張り巡らされた真っ赤ななにかは、常に流動的に動いている。それはバルバロが振り下ろしたサーベルに巻き付き、鮭フレークを斬撃から守ったようだった。


「おまたせ、鮭」

「いいや。ちょうどいいタイミングだ」


 サーベルを掴んでいる線状に伸びた血液の先にはカガリアが大きな蝙蝠羽を広げて浮遊していた。


「なんだぁ! サシで戦うって言ったじゃないか! 邪魔すんじゃねえ!」

「俺はサシでやるなんて一言も言ってないぜ。むしろ計画通りだ」

「くっそぉ!」


 バルバロはサーベルに纏わり付く赤い糸状のものを引き剝がそうと力を込めるも、切れることは愚かサーベルも微動だにしないでいた。


「な、なに……。動かん。ランバリオンの水で強化された肉体でも千切れねえって言うのか」

「言ったろ。俺の勝ちは確定したってな。俺の能力は相手の能力をかき消す能力、条件までは言ってやらないが」

「なるほど。さっきの言葉は確信の。それなら俺の博打製品ギャンブル・アイテムが生成されないのも頷ける……。クソッ、情報は買っておいた方がよかったか」

「諦めなよ。おれの血液のパワーにはバフもかかってないステータスは敵わないはずだよ」


 ギリギリと力いっぱいにサーベルを握りしめ、一ミリでも動かそうと躍起になっているバルバロ。それを見ているカガリアは涼しげな顔を浮かべている。


「ふんぬぉおおおお! 海賊には諦めるって言う言葉はねえ。最後まで抗ってやらぁ!」


 バルバロは固定されたサーベルから手を放し、目の前の鮭フレークに殴りかかる。


透明な盾シールド・オブ・インビジブルの存在を忘れたか?」


 ガコンと、鈍い音が響いた。バルバロの拳は見事、盾に命中した。


「くっ、まだだ!」

「残念だったね。また次回の挑戦を待っているよ」


 カガリアが懐中時計をパチンと閉めた。その瞬間、終了の時間を知らせる鐘がフィールド全体に響き渡る。



『大会の終了をお知らせいたします。伴って、大会フィールド全土はセーフエリアとなりました。以降プレイヤーにダメージを与えることはできません。生存者はホームエリア及び各ギルドホームへと自動転送されます。ランキングの発表を今しばらくお待ちください』


 機械的な音声で告げられる事務的な連絡。ランキングバトルはキルポイントの集計に十数分かかることもあるため、その間に大会専用フィールドはセーフエリアとなりダメージのやり取りを封じられる。


「俺たちの逃げ切り勝ちのようだな、バルバロ」

「今回は負けを認めてやろう。次回は覚悟しておけよ、トップギルドメンバーの首を手にするのはこのバルバロ海賊団だ!」


 バルバロは少しだけ不満そうな顔をしたが、清々しく返答し青白い光に包まれてその場からいなくなった。

 青白い転移魔法は運営のみが使用できる全エリア対応の転移魔法なので、普通の転移魔法と違い、プライベートエリアにも転送させることが可能だ。


「今回も俺たちの優勝で決まりだなカガリア」

「ああ、バルバロは倒しきれなかったみたいけど、充分キルポイントは稼いださ」


 二人も青白い光に包まれる。あれほど騒がしかった森林フィールドには静寂のみが残った……。




『ランキングバトル 結果発表 上位五位


1. 〈Numbers〉      合計キルポイント 567pt

2. 〈神に恵まれない者達〉 合計キルポイント 281pt デスペナルティ-20pt

3. 〈黒鉄の円卓騎士〉   合計キルポイント 160pt デスペナルティ-100pt

4. 〈反逆者の集〉     合計キルポイント 145pt

5. 〈一十一〉        合計キルポイント 122pt デスペナルティ-40pt


                     以上となります。五位以下のギルド及び個人戦績は公式サイトをご覧ください』


スキルファンタジア第八回ランキングバトルは、第五回ランキングバトルでギルド《神に恵まれない者達》の初登場から、三年間トップとして不動の一位を死守してきた彼らの初黒星となって幕を閉じた。


この結果はしばらくインターネットで話題となった。

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