第5話 帰り道

「だっせーーーーーー」

「そんなことないよかっこよかったよ隼人君」

「だって最後に決めたの飯野さんじゃん」

「それでもかっこよかったよ」


 ショッピングモールを出た帰り道、俺は超落ち込んでいた。

 飯野さんが困っていたときすぐに飛び出していけなかったこと。

 一人称が『俺』なのに萎縮して『僕』なんていってしまってこと。

 そしてなにより―――飯野さんが俺の手を引いてしまったこと。

 最後のはふつう俺の、男の役割でしょ。女子に手を引かれて安堵する男ってなに?かっこ悪いにもほどがある。


「本当だって。わたし隼人君が来てくれるまでほんとに怖かったんだもん」

「………ほんと?」

「ほんとのほんと」

「ほんとのほんとのほんと?」

「ほんとのほんとのほんとのほんとのほと………」

「あ、噛んだ」

「………」

「………」

「………プッ」

「………クククッ」

「「ハハハハハハハハハッ!!!」」


 俺たちは笑いあった。怖かったことやだらしなかったこと、女々しいことや、度胸があること。

 それら全てのことに対して、笑った。

 笑って笑って、涙まで出てくる。こんなに笑ったの久しぶりってくらいに。

 

「あーーーーーー。笑ったよ。まったく。隼人君いじわるなんだね」

「そうみたいだ」


 涙を指でこすりながら飯野さんはすぐそばにある公園のブランコを指差した。

 そして最高にかわいい顔で笑う。


「アレに、乗ろう!」


◇◆◇


 ぎい、コー、カシャン。

 懐かしい音が鼓膜を伝って脳に響いてくる。

 待ち合わせのときに持っていた緊張はもうどこかへ行き、俺は本当に落ち着いていた。

 ある程度こぐと彼女はブランコをこぎながら話しかけてきた。


「さっきはありがとうね。本当に………助かったよ。あとでお礼させてもらわなくっちゃ」

「そんなのいいって。俺も自分ダサいって思ったし」

「そんな事無いよ~。かっこよかったよ」

「ハイハイ。もう、ありがとう」

「うん、これだったら………咲ちゃんにも誠意伝わるんじゃないかな」

「………」


 俺はブランコをこぐのをやめ静かに座面に座る。それを見た飯野さんも同じように座ってくれた。

 こいでいた音が止み、子供たちの遊んでいる声だけが耳に届く。

 それを破ったのは、図らずも俺の言葉だった。


「飯野さんは、どうして俺のあんなふざけたお願い、聞いてくれたの?」

「それは………色々あったんだよ。私にもいろいろ……………ね」


 それに、と彼女はこちらの目を見て口の端をあげて続けた。


「いつも君の目は真剣で、吸い込まれそうだったから………だよ」


 風は吹いていない。なのに、いや、だからこそ俺の心はざわついた。

 この子はどこまで知っているんだろう。俺のこと、どんな風に思っているんだろう。なぜ儚い表情をするんだろう。透明に見えるのは勘違いか。どうして彼女の周りの夕日の光だけ美しく見えるんだろう。髪が黄金色に輝いているのはどうして。彼女の目はどこに向いているのだろう。なぜ、どうして、どうして、どうして、どうして・・・・・・・・・。

 色々な感情、思いが渦巻いて俺の心を侵食していく。

 胸がはちきれそうになって、今にも吐き出してしまいたい。

 でもそれはで。

 そのルールは自分が作り出してしまった、ふざけたもので。

 だからこそ、俺はもう、なにもいいだせなくて。

 ……………そもそも言い出す勇気すら持つことができなくて。

 


 ―――飯野さんが、好きだ。



 たった一言。されど一言。どうしても口に出すことが出来ない大きな一言。

 その言葉のもつ意味はとてつもなく大きい。

 俺は自分のふがいなさ、女々しさ、だらしなさ。全てにイラついた。


 そんなことを知ってか知らずか、彼女は俺から目をそらしゆっくりとブランコをこぐ。

 ぎぃ、ギィ、ぎぃ。

 テンポよく刻まれる金属がこすれる音は俺の心を落ち着かせていった。

 

「私の理由は言わない。それはルール違反だからね」

「そうだね。………ルール違反だ」

「君は冴えない、ダサい。そういう言葉をよく使うけど、そんなことは無いよ」

「そんなわけ」

「そうだよ。隼人君は逃げ出したい、そう思っているから言葉にするんでしょ」


 フフッと笑って彼女はブランコから飛び降りて着地した。右足を軸にして俺のほうへ振り向く。夕日を背にしていて彼女の顔はよく分からなかった。

 何も無い沈黙がおりる。さっきまで聞こえていた子供たちは帰ったのか、それとも俺の耳が受け付けていないのか全く聞こえない。

 俺はヘっと笑うと姉に話すときのように砕けた口調を意識して声を出した。


「今日はありがとうな。飯野さんのおかげで自信がついたよ」

「そう?よかった」

「飯野さんの言うとおりだ。俺はただ自信がなかっただけ。勇気を振り絞ってなかっただけだったんだ」

「ハハハハッ。言い切ったね」

「うん。自覚するよ………」


 俺もブランコを飛び降りる。彼女より少し遠くに飛べた。でも俺は前を向いたままで飯野さんのほうには振り返らない。


「飯野さんには大きな借りが出来ちゃったな~。俺、何か出来ることない?」

「そんなのいらないよ。気持ちで充分だ――」

「いやいや、……じゃあお礼、聞かさせてもらうってのがお礼ってことで」

「隼人君は卑怯だね………じゃあ、お願いしちゃおうかな」


 そういうと彼女は俺の背中に手のひらをそっとつけた。服越しで熱なんてもの伝わらないはずなのに彼女の手のひらは熱かった。


「なに?」

「…………。お願いは――」


 耳元で囁かれる。俺はそれを聞いて苦笑するしかなかった。


 それを言うと彼女は俺の前に出てきてニコッと笑ってこう言った。


「それじゃあ、帰ろう!晩ご飯が私たちを待っているよ!」

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