第4話 ナンパ

 結局服は同じようなものをお手ごろな値段の店で見繕ってもらい、一万円弱で買うことが出来た。それでも一万円。バイトなし高校生には痛い・・・・・・。

 だがそのおかげで、どこの誰ですか?という自分目線でもイケてる人が出来ていた。

 着ていこうよと言う彼女の提案にのり、買ったばっかりの服を着て、飯野さんが持ち歩いていたワックスで髪も整えられた甲斐もある。あれ?これ全部飯野さんに任せすぎじゃね?男としての矜持はいずこに?

 そして今はお昼ご飯をフードコートで食べていた。


「いやー、値段を見たときの隼人君の顔は傑作だったよ」

「ハハッ、俺の道化ぶりは楽しんでもらえたかな?」

「うんうん、楽しんだよ~」

「……ちょっとばかりの意趣返しのつもりだったんですが」


 笑いながらポテトをつまんでいる彼女はとてもかわいかった。

 正直こんな店でいいのかと思ったりもしたが、普段あんまり食べられないこういうのがいいと言われたのでここに決まったのだ。

 飯野さんは学校では落ち着いてい住む世界が違う美少女だと思っていたが、この姿を見るとそんなのは俺の勘違いだと思い知らされる。正直こっちのほうがかわいい。 

 俺がじっと見すぎていたのか、彼女はニヘっと笑うとポテトのパックをこちらに向けてきた。


「え?なに?」

「食べたいんでしょ?いいよ食べても。・・・・・・一本だけ」

「一本だけって・・・・・・。意外とケチなんだね、飯野さんって」

「ケチって何さ!こういうの食べる機会が少ないからもったいないって思っちゃうだけだよ」


 俺は笑いながらポテトを一本つまんで口に入れる。塩味のはずなのに砂糖を食べているみたいに甘かった。

 今更だが、学校の屋上のときとは違い普通に飯野さんと話ができている。

 授業とかで話す機会があったときでさえ緊張してうまく会話できなかったというのに大きな進歩だ。これに関しては姉に感謝しなければならないな。

 

「それで~?咲ちゃんのどこに惚れたの?」

「・・・・・・それ聞いちゃう?」

「うんうん、聞いちゃう!」


 ポテトを食べ終わり指についた塩をなめとりながら飯野さんが聞いてきた。

 そう言えば女の子が、しかも最強にかわいい女の子が指をなめるって超どきどきするな。マジでエロかわいい。それしか言えない俺のボブギャラリーの少なさが憎くなってしまうくらいだ。

 でもここに来てのこの質問は正直キツイ。

 だってそれ、新井さんには悪いけど俺の嘘だし。俺の本当の好きな人はちょうど目の前にいる人で。

 いままで飯野さんしか目に入っていなかったというか、目で追っていた俺にはどう言えばいいのか分からないんだ。


「えっと………」

「例えば、ここのこういう仕草が好きだとか、このギャップがいいとか、ほらそういうの」

「それは………」


 ええい、ままよ!もう飯野さんの好きなところ上げちゃうしかない!ごり押しでそういうとこあるって言えばバレない………と思うし。……仲いいし無理だな。


「成績が良くて運動神経もいい。それになにより…………かわいいし」

「うわー見た目重視の好きか~」

「ち、違うって、それだけじゃなくて、いつもはクールだけど、ちょっと話してみるとひらけている性格で」

「うんうん」

「でもちょっと裏がありそうなとこが………そ、それもいいと思うけどね」

「裏って。ククッ、そんな目で女子を見ているの隼人君だけじゃない?」

「だけどそういうの全部含めて―――」


 好きなんだ。そう言うと彼女は一瞬真顔になって、でもすぐに笑顔になってこう言った。


「意外と……君も見ているもんだね。女子のことそこまで観察している人初めてだよ。ちょっと……引いちゃうかもだけど」

「引かないでよ、この程度のことで」

「この程度って。フフッ。もっといやらしいことも考えているんだ~」

「違うって!もう、飯野さんからかわないでよ!」


 それから俺たちは他愛もない話を店員が来るまでし続けた。


◇◆◇


「んん~。今日は楽しかったね~!」

「まさか店員に怒られるとは思わなかったよ。三時間も話し込んでたなんて。席少なかったし迷惑だったな」

「んふふ。君は私とのおしゃべりがそんなに楽しかったんだね」

「……うん、楽しかったよ」


 本当に楽しかった。今日一日で彼女の知らない顔を見られた気がして。それにそのことを見せてくれたことに対しても嬉しかった。

 そんな飯野さんは何とも思っていないように両手を上にあげて伸びをしている。

 だからこそ何とも思ってなさそうな彼女の態度が痛い。しょうがないんだけどね。

 彼女は俺の嘘に付き合ってくれているだけ。それの何が不満だって言うんだ。


「ちょっとお手洗いに行ってきていいかな」

「うんいいよ。私このベンチで待っているから」


 飯野さんはアイスの自販機でぶどう味のを買い座っている。俺は申し訳ないと思いながらトイレまで小走りで向かった。


◇◆◇


「おまた………せ……」


 俺が戻るとそこには彼女以外にも人がいた。

 男の人が五人。金髪の人もいれば腕に刺青タトゥーを入れている人もいる。

 いわゆるヤンキーってやつだ。

 そいつらは腰に巻いたチェーンをじゃらじゃら鳴らしながら飯野さんを囲んでいた。


「なぁ、いいじゃんかよー。彼氏に置いてかれちゃったんだろ?」

「そうなーん~!かわいそ~!俺たちも彼女に振られたばっかでさ、全員」

「ギャハハハハハ!それはお前だけだろうが。俺らを巻き込んでんじゃねぇよ!」

「うっせーよバーカ!」


 品の無い笑い声が聞こえてくる。それに萎縮するように飯野さんは体をキュッと縮こまらせた。さっきまで浮かべてくれていた笑みはもうどこにも無い。

 すぐ前の通路を通る人たちは少なからずいるけど、面倒事に巻き込まれたくないのか目を背けて早歩きで去っていく。

 俺も柱に身を隠しているから他の人のことは言えなかった。


「なぁ、いい加減無視すんのやめてくんないかなぁ~」

「ギャハハハッ、お前がそうやって近づいて脅迫まがいのことするからだろ」

「うわ、彼女涙目になってない?かわいそー」


 イラついたのかキャップを逆さにかぶっている男が飯野さんの手をつかんで強引に立ち上がらせる。

 キャッと小さい悲鳴を上げて飯野さんが反抗するように座ろうとするが男の腕力にかなうわけなくだらんとぶら下がった。


「…………ッ」


 その言葉か行動か。どっちがトリガーだったのかは分からない。

 気づいたら足が前に出ていた。

 それに気づいたのか飯野さんが涙をうっすら滲ませた瞳でこちらを見る。

 俺はわざと見せ付けるように大降りで近づくと、彼女の手首を握った。

 それが不快だったのか男は不機嫌そうな目でこちらを睨んでくる。


「あんだ?テメェ。この子は今俺たちと遊んでんだよー。邪魔しないでくんないかな~?」

「………ッ、か、彼女は僕の連れです。その手を、離してくれま、せんか?」

「おいおい、………ぶっとばされてぇの?」

「い、………たぃ」

 

 おそらく彼女の手を強く握り締めたのだろう。彼女の顔が大きく歪んだ。頭に血が上る。俺は息を吸って男を強く睨んだ。


「………。もう一度言います。彼女は僕の連れです。手を離して、……………離せって言ってんだよ!」


 俺の叫び声がショッピングモールに響き渡る。その声は道行く人たち全員を振り返らせた。隣にいる彼女の瞳はいつもより更に大きくさせて俺の姿を映している。

 四人とも俺の叫びに気おされたのか一瞬黙った。しかしキャップの男は怒りをあらわにして俺の肩をつかむ。

 その時だった。


 ―――パシンッッッッ。


 乾いた音が俺の耳に届く。そして俺の肩に手を置いていた男が尻もちをついた。

 呆然として隣を見ると手を振り切った飯野さんの姿が見える。

 そして―――


「行こ、隼人君」


 俺の手を握り出口に向かっていった。

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