人気者と…… ②

彼と同じ病室になって六日が過ぎた。明日で退院だ。

 夜、漫画を読んでいるとスマホが鳴った。 

 『今からそっち行く』

 とメッセージがきてすぐに彼が現れた。

 「どうしたの?」

 「今日までのことは、学校では話さないでね」

 話すつもりは無かったが、なぜだか気になった。

 「あ、うん。でもどうして?」

 「自分で言うのはあれだけど、俺の周りって女子多いじゃん。だから、雪野と俺が友達になったって知ったら嫉妬する人が出るかもしれない。そしたら雪野に危害が及ぶかもしれないだろ?だから、その、言わない方がいいかもと思って」

 彼は私のことを思ってそう言ってくれていた。確かに、私はユメ以外にたまに話す人はいても、仲の良い友達はいない。そんな地味な私と学校の人気者が友達になったなんて知られたら、何かしてくる人が出てきてもおかしくない。

 「…ありがとう。言わないようにする」

 彼は笑って「おう」と言った。

 そのまま立ち去るかと思ったが、彼は私のベッドに腰かけ、話を続けた。

 「俺、将来パイロットになるのが夢なんだ。そのために東大に行って勉強する」

 「そうなんだ。竹内くんならきっとなれるよ。東大にだって受かる」

 彼の夢を聞いて、私は今までなりたいものが無かった自分を思い出して情けなくなった。

 「ありがとう。雪野は将来の夢とか、憧れている人とかいないの?」

 「もうすぐ死ぬんだよ?今更夢なんてないよ」

 そう答えると、彼は真剣な表情を浮かべた。

 「……雪野はさ、余命より長く生きてやる。とか思ったりしないの?」

 彼はまっすぐ私の目を見て、そう言った。

 「そんこと……」

 「ごめん。今のなし――」

 「そんなこと、思うに決まってるじゃん。だから、いつも通りの生活を送って少しでも、死ぬことを忘れられたらいいなって、今日まで過ごしてきた」

 こんなこと、母にも言わなかったのに彼には言えた。それは彼が、いつも純粋で、まっすぐな人だから正直な気持ちを言えたのかもしれない。

 「なら、少しでも長き生きようよ。そうすれば、夢だって見つかるかもしれない。それが大きくても小さくても、その間に叶えてそまえばいい。俺が全力で手伝うよ」

 始め見たときから考えていた、ルックス以外からくる彼の魅力。そては、こういうまっすぐで頼りがいのあるところから感じるのかもしれない。

 その言葉に生きる活力が出てきた。

 「ありがとう。私、生きたい。少しでも長く」

 死ぬことが当たり前だと思っていた毎日だったが、彼と友達になってから少しでも長く生きたいと思うようになっていた。

 次の日、退院することを彼に伝えようと思ったが、ベッドに姿は無かった。仕方なく、ラインに『退院した』とだけメッセージを入れておいた。

 母とバスに乗り、自宅へと向かった。

 「花音、なんだか顔色が良くなったね」

 「え?そう?」

 私は無意識に頬が緩んでいたようだ。

 家に着くと、彼からラインが来ていた。

 『今日退院だったな。お疲れ』『俺はさっき抜糸が終わって、明日からリハビリだからその説明聞いてた。また大晦日にな』

 そのメッセージに、さらに緩みそうになる頬を必死にこらえた。

 

 彼が退院して、学校へ来るようになった。

 彼が廊下を通るたび、目で追ってしまう。

 「ノンちゃん、最近顔色良いね。なんかいいことでもあった?」

 「んーん、別に」

 彼とのことは、約束通り誰にも言わなかった。

 そして迎えた約束の日。

 おめかしをして、お気に入りの服に着替えて家を出た。

 待ち合わせ場所まではバスで行く。

 バス停に着き、時刻表を見ると次のバスは十分後だった。

 この日はとても寒かった。暖かい飲み物を買おうと近くの自販機に向かって歩いていると、突然、背中に激痛が走った。背中を丸めて膝をつくのと同時に、吐血した。

 意識がもうろうとし、その場に倒れこんだ。

 それに気づいた人が「大丈夫ですか?」と近寄って来たが、すぐに意識を失った。

 目が覚めると見覚えのある白い天井が見えた。

 しかし今度は、一人部屋だった。

 母が隣で泣いていた。

 死期が近づいているんだと感じた。

 起きた私に気付き、母は泣いているのに無理やり笑って見せた。

 「ママ、私もう死ぬの?」

 その言葉に母の表情は曇る。

 「いいよ、ママ。教えて」

 「……三か月、だって」

 三か月……。私は三年生にはなれないのか。

 死ぬのはわかっている。ただ死期が早まっただけ。

 「ごめんね。花音……」

 母は私の手を握り、泣きながら謝った。

 ここ数か月で母の涙を何回見ただろう。

こんな悲しい涙じゃなくて、嬉し涙を流してもらえる日がいつかこないかな。

もう無理か……。ごめんね。ママ。

 悔しくて、私の目からも涙が零れ落ちた。

しばらくして、彼との約束を思い出す。

 今日は彼と約束の日なのに。行けなかった。連絡しないと。

 ラインを開くと、通話記録がメッセージ欄にあった。

 「彼にはママが電話しといた。すぐに向かうって言っていたよ」

 すると、病室の扉が開いた。

 怪我をしてまだ走れないはずの彼は、息を切らして現れた。

 はあ、はあ、はあ……。

 「雪野。大丈夫か?」

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