第三章 人気者と…… ①
二週間の検査入院。
この日、一回のフロアを散歩していると待合室に学校の人気者『竹内くん』が足に大きな装具を付けて座っていた。
話したことはもちろんないし、向こうが私のことを知っているはずない。
そのまま通り過ぎようと思い、彼のちょうど前を通過した瞬間「あ」と声がした。
私ではないと思ったが、とりあえず立ち止まり顔を横に向けると彼と目が合った。
私は動揺して、目を逸らそうと必死になった。
しかし彼はそんなこと知る由もなく声をかけてきた。
「三組の人だよね?いつも朝早く来ている」
なんと彼は私のことを知っていた。朝早く学校へ行くと、朝練を終えたサッカー部が一番に教室へ来ることは知っていたが、学校の人気物が私なんかの存在に気付いていたなんて。
「あ、はい。竹内くん…」
一瞬名前を呼ぶのが恥ずかしくて躊躇ったが、すでに言いかけていたので「だよね?」と続けた。
その後私は、彼の足に付いている装具が気になってじっと見つめていた。
すると彼も気づいたのか「怪我をした」と足のこと説明してくれた。
サッカー部のエースだと聞いていたので、気の毒だなと思った。
しばらく沈黙が続いたので私からその場を去った。
学校の人気者『竹内くん』と関わることなんて絶対にないと思っていたので、こんなところで会って、まさか会話するなんて夢にも思わなかった。
次の日の日記には、『竹内くんと会った』と書いたが、死ぬ人の日記に名前を書くのは縁起が悪いと思い『学校の人気者』と書き直した。
翌週、朝に検査の結果を聞いていたので日記が書けなかった。なので、昼食を食べた後に書くことにした。
昼食を取っていると、誰かがベッドで運ばれてくるのが視界に入った。
特に気にせず食事を続けた。
昨日、特に何も無かったので何を書こうか迷った。
すると、見覚えのある男性が目の前を通った。
一行しか書けていない日記から顔を上げると、そこには竹内くんがいた。
彼と目が合った。
「え?」
驚いて、つい間抜けな声が出た。
学校の人気者が私と同じ服を着て松葉杖を突いている姿に、頭の整理が追い付かなかった。
松葉杖は、怪我をしたと前に言っていたので理解できるが、ここにいる訳は冷静に考えてもわからなかった。
聞いてみると、怪我がひどかったのか、手術を受けたそうだ。そして今日からこの病室で二週間入院するとのこと。
私はあと一週間入院だから、その間は彼とベッドを一つまたいで同じ部屋にいる。とても現実とは思えないほどに不思議な空間に感じた。
盲腸で手術だとユメには伝えている。ユメは二学期に入り、塾に通っていいるので、お見舞いには来てくれなかった。
この二週間、ずっと一人で寂しかった。病室にいると、自分は病人なんだと改めて思わせれる。気持ちも自然と沈む。
そんな時、彼に日記を見られた。焦ったが、言わないでと言えば彼ならそうしてくれると思ったのでそこまで心配はしなかった。
そして、学校の人気者から友達になろうと言われた。
私はもう少しで死ぬんだよ?どうして私なんかと。
意味がわからなかったが、彼のまっすぐで純粋な目を見ると断る理由がなかった。
退屈だった入院生活も、日向にいるように顔も、瞳もなにもかもがきらきらしていた彼と友達になれたことで病人だということを少しだけ忘れさせてくれた。
ラインを交換し、彼は「ありがとう」と笑顔で言ってベッドへと戻っていった。
しばらくしてスマホが鳴った。
『よろしく』
彼からだ。
ラインでここまで興奮したのは久ぶりだ。
私も『よろしく』と送った後に、。スタンプを送った。
私への返信を打っているのだろうか。近くからカタカタとスマホの画面を叩く音が静かな病室に響く。
音が鳴りやみ、ワンテンポ置いてスマホが鳴った。
『雪野さんって、本当に死ぬの?』
ふっ、と笑いが吹き出した。日記読んだくせに。
『呼び捨てでいいよ』『死ぬよ。あと一年、持つかどうかわからない』
『わかった』『だよね…。日記にいつも通りの生活を送りたいって書いてあったけど、一つくらいないの?やりたいこととか、行きたい場所とか』
行きたいところ、か。しばらく考えて、思いついた。
『十二月三十一日、除夜の鐘を突きに行きたい』
去年、ユメと行ったが今年は勉強したいから行けないと言われていた。
どうしても行きたいわけではないが、言ったら彼が一緒に行ってくれる気がした。
『除夜の鐘か。行ったことないな』『一緒に行かない?』
気はしていたが、実際そうなると急に恥ずかしくなった。
緩んだ顔を誰かに見られていないか、ちらっと周りを見て返信した。
『行く!』
メッセージ音が、さっきよりも近くで聞こえた。
カーテンの向こうから、「話そう」と聞こえた。
ちょっと待って、と言って急いで髪をくしでといだ。鏡で顔をチェックし「いいよ」とカーテンを開けた。
その後は、好きな食べ物や、好きな芸能人、過去の面白い話をして過ごした。
その日の夜は、今まで退屈でどんよりとしていた病室が、彼といることでとても華やかな空間に変わった。
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